障害者施設で19人を殺害した犯人に対し、死刑判決が下された。

 責任能力があるとされた以上、19人を殺して無期懲役はあり得ない。

 裁判長は、「被告は『意思疎通できない障害者は不幸であり、殺害すれば賛同が得られる』と考えた」と指摘し、動機の形成過程については「到底認められないが、理解は可能だ」と述べた。

 1つ前の記事でも書いたが、上告せずここで裁判をやめては、彼の行動は何の意味もなく終わる。上告しても結果は同じかもしれないが、彼の望みに少しでも近づくことはできるかもしれない。彼は社会に一石を投じるために命をかけたはずだ。命を無駄にしないでほしい。みんなにとって悲しい出来事だ。

 弁護士は、責任能力に焦点を当てるのではなく、人の命と人生、社会の在り方や中絶などについて深く争ってもらいたい。それが、犯人の望みではないだろうか。犯人も、殺したくて殺したのではないはずだ。彼の行動は違法で道義的にも間違いだと思うが、彼なりに障害者やその家族、社会を思って行動したのかもしれない。彼は、幼すぎる判断をしてしまった。他に道はあった。彼を導けるような良き相談相手が彼の周りにいなかったことが悔やまれる。