神奈川県の障害者施設で、19人が殺害され26人が怪我をした事件の判決が、今日行われる。犯人は元職員だったという。
赤ちゃんが母親のおなかの中にいるうちに、頭や顔が半分しかないとか、目と口と鼻がない等の奇形とわかれば、何らかの理由をつけて、出産しないようにするだろう。手や足がないだけであれば出産させる場合もあるのだろうか。どの程度であれば、出産させるのか、殺すのか、判断は親になっているのだろうか。そのあたりはよくわからない。
いずれにせよ誰かの判断によって、おなかの中にいるうちに殺す場合がある。生まれる前の殺人だから、法的には罪にあたらないと昔の誰かが決めたのだろう。
今回の障害者施設の事件の犯人は、元職員である。介護施設に入っているお年寄りなどもそうであるが、自宅で面倒を見るというのは非常に厳しいものがある。世話が大変な部分、真実の部分を施設にお願いし、家族はたまに施設に行ってうわべのおいしい部分だけ味わったら家に戻る。
今回の犯人は、今の法律に従って裁かれるのだろう。それは当然である。しかし、施設において重度の障害者の真実を見続けてきた彼の発言は非常に重い。彼の発言を十分検討し、堕胎と中絶の違いや中絶の要件などを再検討する必要があると思う。殺害された子どもの親は、本人が言うように確かにうれしいこともあったであろうが、厳しくつらいことも多かったであろう。それは数十年続き、自分が亡くなる時には、残された自分の子どもの行く末を心配するだろう。家族を失った子どもは幸せを感じながら残された人生を歩めるだろうか。
社会では、犯人の極刑以外の異論も全くでないが、これからのこともあるので、みんなで考えてみるくらいはやってもよいだろう。専門家による検討も必要だと思う。あと5分で判決が言い渡される。上告はしないという。彼は手段を誤った。