教育学の学術論文で、「~に違いない」という表現は見たことがない。おそらく理系の論文もそうであろう。

「~に違いない」という表現は、冷静に考えるとおかしな言い方だ。辞書を調べてみると、「きっと…である」とある。

 正しいことであれば、「~である」でよい。正しいといえないことであれば、「~ではない」や「~についてはよくわからない」、あるいは「~の可能性がある」などとなるだろう。「きっと~だ」と強く言われても、困ってしまう。表現だけ強くされても、証拠がないと・・・。自分の強い願望で、証拠はないが相手にこれが正しいとぜひ思ってほしいということだろうか。よくわからない。

 場面的には、「~に違いない」という表現は研究能力のない人が一生懸命調べたり考えたりして出した結論を言う時(確たる証拠がないけど「これが正しいんだ!」と言いたい時)や、何としても他人を説得したい時によく使われるのを見てきた。

 実態がどうかわからない時、「きっと~だ」、「~に違いない」と言ったからといって正当性が高まるわけでもない。むしろ、私は警戒してしまう。相手を煙に巻く怪しい表現だ。