岩田健太郎教授や岡田晴恵教授は、話す前に「個人的には」という言葉をつけることがある。

 教授による「個人的には」って、なんだろう。「教授の発言とされては困るが」という意味だろうか。「これから話すことが後に誤りだったとなっても責任は取りませんよ」という言い逃れだろうか。

 教授として責任を持って信頼性の持てることを国民に話してもらうために、番組はあなたを呼んだのだろう。偏った(かたよった)感想や無責任な提案を述べるのは、教授ではなくコメンテーターの仕事だ。

 国民は、大学教授の話すことは事実であり、予想もかなりの確率で起きるととらえる。責任も影響力も非常に大きい。ツイッターやワイドショーなどの公の場で、無責任に井戸端会議のようなことを口にしてはいけない立場である。

 教授たちは、「個人的には」をつけて話したいことは、話さない方がいいだろう。しかし、これを頻繁に使う人は、文句や悪口を言いたくて我慢ができない性格の俗っぽい人が多い。

 以前、文科省が日本の博士を増やすことに力を入れ、本物ではない教授(ハッタリ教授やごまかし教授)やオーバードクターであふれかえるようになった。何人博士がいるかではなく、どのような博士がいるかが重要だ。博士の数を増やそうとした文科省の方針は誤りであったと思う。