「365日の紙飛行機」が、NHKののど自慢で歌われていた。歌詞の中に「その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか それが 一番 大切なんだ」というところがある。どうも意味がよくわからない。

「距離」とは結果のことだろう。結果を競うより過程が大切ということなのだろうが、過程があり、最後にその結果、つまり距離がある。距離があまり伸びないということは、努力の仕方が適切でなかったか、努力が足りなかったか、あるいはその両者のいずれかである。過程がよくないのである。過程が悪ければ結果も悪い。過程がよければ結果もよい。当たり前の話だ。だから、「距離を競うことが大切」ということと、「どこをどう飛んだかが大切」ということは、過程と結果の関係であり、どちらが大切かという比較の話にはならない。

 邪推をすれば、「途中が大切だから、結果なんか気にしないで」と慰めの歌を作りたかったのかもしれない。「世界に一つだけの花」にある「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン♪」のようなものをめざしたが、ちんぷんかんぷんになってしまったのであろうか。気持ちはなんとなくわかるが、先に述べたように、これは論理上成立しないことだ。

 ちなみに、スマップの歌の方は、論理的におかしくはなく、逆に開き直って宣言している歌である。受験生やスポーツに取り組んでいる人、会社で働いている人、モノづくりをしている人など、すべての人の活動を否定するような退廃的な歌詞だ。絶望的で個人のやる気や目的をそぎ、社会の発展を妨るようなこの歌詞が私は大嫌いである。

 努力が嫌いな落ちこぼれの若者向けや、欅坂の歌のような大人や学校批判の歌がもてはやされている。逃げてばかりいないで、早く頑張れといいたい。