大嘗祭は宗教色が強い儀式だ、インチキだという批判が出て、騒ぎになっている。そもそも宗教色が強い弱いなどは無く、先月行われた即位礼正殿の儀を含めて、皇室行事は宗教的儀式である。
外国に比べ、日本人はまとまっていたり、正義や思いやりを大切にしてこの国を大事にしようという気持ちが大きい。その理由を考えてみると、天皇がいるということが大きいのではないだろうか。天皇が日本人の心の安心感、誇り、拠り所となっているのだと思う。もし天皇や皇室がないことを想像すると、人々がまとまる意義も国を繁栄させる意義も見失い、ルールを破り犯罪は増え・・・という混とんとした社会になることも想像できる。日本人が他国と異なるのは、天皇の存在が大きいように思える。
大嘗祭を簡素化しよう話があるが、それは適切ではないだろう。大嘗祭は、たった一夜のために大金を使って素晴らしい建物を建て、そこで神聖な行事を夜通し行うことに意義があると思う。権威付けと言ったら語弊があるかもしれないが、日本人が心の拠り所としているものは俗世間とは別の素晴らしいものだ、他国には無いほどのレベルの高いものだ、これからも自信をもってこの国を繁栄させていこう、みんなが仲良く頑張っていこうというものを作り上げるためには、必要不可欠なことであろう。
大嘗祭自体を批判したり悪く言ったりすることも筋違いであろう。政教分離を徹底したい、法律上問題があるなどというのであれば、大嘗祭分として国が予算を計上するのではなく、皇室が自由に使えるお金に様々な儀式の分をはじめから上乗せして計上し、それらの行事への国会議員としての参加を辞めればよい。しかしそこまでして、即位礼正殿の儀などの権威を貶める必要があるのかとも思う(総理大臣などの不参加等で)。この政教分離の問題は、憲法が天皇を日本の象徴として規定している以上、0が100かで騒ぐのではなく、「詭弁の組み立て」、あるいは「程度の調整」で落ち着くしかないだろう。