今回の選挙は、安倍氏の圧勝に終わった。麻生氏や稲田元防衛大臣は当選し、希望の党の若狭氏は落選した。健全な二大政党制を根付かせなければ政治はよどむ。北朝鮮や戦時中のドイツのように人格的に問題ありの人が現れて国のトップとなり、嘘や詭弁、恐怖(暴言や圧力等)によって政治を私物化していくだろう。能力もないため、国民の生活はよくならず、軍事的にも危ない方向へ進んでしまう。私腹を肥やすために、不正や悪事も働く。裸の王様のやりたい放題となってしまうだろう。

 今回の選挙は二大政党制に進んでいく大きなチャンスであったが、多くの国民が自民党に投票し、安倍氏に今まで通りに独裁政治をやってもらいたいと強く望んだ結果となった。どのような理由があれ、望んだ。政治家達は委縮して安倍氏の奴隷となり、経済は国民の誰もが生活の安定、向上を実感できていない。防衛省や文科省問題、公文書改ざんなどもあった。改ざんは官僚たちに何のプラスもないのだから、少なくとも安倍氏に恐怖を感じた官僚たちが忖度をして行なったことに間違いはないだろう。自分の立場を利用して、税金を私的流用した森・加計問題もある。多くの国民は、この今の腐れきった安倍政治を変えようとは思わなかった。もちろん現在の野党に政権を任せる不安があるのは当然である。だが、何事にもはじめの一歩はある。多少の失敗を恐れていては、新しいことは生まれない。過去数千年、真理や改革は常に少数から始まってきたが、自民党に投票した国民は目先の小銭(短期的安定)を選択した。子や孫のことを考えず、自分の時代だけよければよいという、小学生以下の発想である。といえば、小学生に失礼だろうか。

 今回、おそらく国民は小池氏が話した「排除」という言葉に反応し、その言葉一言とその他の全ての大切なことを天秤にかけ、取るに足らない方を選択したのだろう。しかし、ワンマンで強権性を持った菅直人氏や長妻氏、岡田氏、野田氏、安住氏、小沢一郎氏など、希望の党を壊しかねない議員の参加を断るのは当然のことである。強引で自分勝手な面々を入党させてしまったら、それぞれが自己主張をしてしまい、小池氏の思い描くような新党を作っていくことなどできない。あっという間に崩壊させられてしまう。だから、一部の人を排除するのは、あたりまえのことである。しかし多くの国民は、「排除」という言葉が嫌いだったようだ。政治は、なかよしこよしのお遊びではない。言葉は、「排除する」でも「党として推薦しない」でも「今回は遠慮してもらう」でも、なんでもかまわないはずだ。国民は、その言葉の真意をよく理解して行動すればよいだけだった。ワイドショーの司会者やコメンテーターなどのあおりなど、真に受ける必要もなかった。小池氏による政党は今後できることはない。愚かな国民は、自分で揚げ足取りの言葉遊びをしているのが自覚できず、最初で最後の重要なチャンスを自ら逸した。

 今回自民党(安倍氏)を信任した多くの国民は、これまでの、そして今後の安倍氏が行う日本経済、社会制度、外交、軍拡、不正に関する責任は、自分たちにあることを絶対に忘れないでもらいたい。安倍氏自身が望んでも総理になれるはずもなく、国民による投票によって自民党が勝ち、安倍氏が総理になったのだから当然のことである。愚かなのは安倍氏ではなく、選挙によって彼を力強く総理に押し上げた多くの国民ではないだろうか。

 私は、政治に対する国民の望みや思考パターンが今回初めてはっきりと認識できた。そして当然ではあるが、このブログで何をいくら書いても世の中は何も変わらないことも、あらためて自覚できた。意味のないブログは、しばらくやめようと思う。