3月11日,埼玉県吉川市の学校給食に,卒業を祝うための赤飯が出されるという。これについて,大震災があった日に不謹慎だとか,分けて考えないと何もできなくなるなど賛否が分かれている。
ポイントはバランスと教育現場での出来事ということだろう。3月11日に東京マラソンを計画をすると,別の日にしたほうがよいと考える人は多い。3月11日に琴奨菊やジャイアンツなどが銀座で大パレードをするとしたら,これもおかしいと感じるのではないか。たしかに全部ひかえるとなると何もできなるので,ある程度はいいのではないかというところに落ち着きそうだ。大事なことは,祝い事と震災は分けて考え,何をやってもよいということではないということだ。「分けて考え」という吉川市の説明だと,そうかなあと思ってしまう。
さて,今回の問題であるが,赤飯給食は毎年卒業式の2日前にしているので,土日の関係もあって今年はたまたま3月11日になったらしい。しかし,別に2日前ではなく3日前でも4日前でも何の問題もないように思う。例年通り「2日前」ということを守らなければならないという必要性はなかったのではないか。
そして,場所は子どもにいろいろなことを教える教育現場での出来事だ。もし「今年の赤飯給食は,2日前だと大震災が起きた日なので,3日前にしたいと思います」と子ども達に伝えると,子ども達はどのようなことを学んでいくだろうか。「今年は2日前だと大震災が起きた日ですが,卒業式と大震災は別なので分けて考え,赤飯給食にします」と子ども達に伝えると,子ども達はどのようなことを学んでいくだろうか。後者の場合,私には,自分中心で思いやりのない詭弁者に育っていく可能性も感じられてしまうのである。前者がまさに「思いやりの教育」,「命の教育」なのではないか。吉川市教育委員会は最後のすばらしい教育の機会を逃したように思う。