偶然ハンセン病のサイトを目にした。草津の栗生楽泉園にあった重監房のことも詳しく載っていた。そして,二度とこのようなことを起こさないために歴史を後世に伝えて行こうというようなことも最後に書かれてあった。
 民主主義が根付き,人権感覚も成熟してきた今,歴史など勉強しなくてもちょっとやそっとのことで重監房での出来事のような非人道的な行為が再び行われるとは考えにくい。日本の法律も世界も許さない。仮に事が急変し世界情勢も変わったとしたら,このような非人道的なこと(戦争に伴う核攻撃,捕虜,虐殺等も含む)が簡単に起き,世界中の国々がこれに加担してしまうだろう。人間など,そんなものである。だから「歴史に学ぼう!」と張り切るのは,気休め,自己満足にすぎないと私は思うのである。いくら歴史を勉強しても,人間のエゴや残虐性を無くしたり弱めることなどできやしない(これらを表面化しないように個々が一時的に隠しておくことは歴史の学習によってできるだろうが)。学校で歴史を学んだとき,「みんな仲良くしよう」と思ったとしても,ひとたび戦争になるとあなたも人を殺しに行くのである。戦争が長期化すれば,追い詰められた兵士は残虐になり,できないことなどなくなってしまう。自分の命と引き換えであれば,これも当たり前のことだろう。敵地に潜入し,過酷な状況下で,以前学校で習った歴史の教えを思い出して行動する人をあなたは想像できるだろうか。
 人類史上,戦争が無くなった時代はない。これほど学校で道徳教育をおこなっている日本でさえ,人殺しをする戦争に向かって突き進んでいるのが現実だ(集団的自衛権など)。気休めのようなキレイごとを言うのはやめて,もっと泥臭く現実的な方策で,残虐な行為が起きないようにしていったほうがよい。