菅氏は,辞任会見でも「最小不幸社会を目指す」ことにこだわっていた。不幸の程度はどうあれ,「不幸」自体を目指すことは間違いである。悪いことを目標とするなどありえない。
それはさておき,同じく辞任会見において,自分に対する評価は後世の人々の判断に委ねたいと話した。言い換えれば,「今は私の評価をしないでね,聞きたくないから!(あるいは自分の価値が下がるから!)」ということだろう。だがそれは誰も許さない。5カ月以上も経過した今の東北地方沿岸で目に見えているもの,今の東日本のセシウムの値,今の日本の農産物や魚介類の状態が菅政権の働きの結果である。いやでも評価はもう出てしまっているのである。
「(対応が遅れて)申し訳なく思う」という言葉を何度も使いながら,自分はできるだけやったので悪いことはないという主張を繰り返す。能力のないものがトップの座にしがみついて結果を悪くしていくことは悪である。がんばっていれば失敗してもよいことにはならない。むしろベストの結果を導くならば,一生懸命にやらず手を抜いてやってもらってもまったくかまわないのである。
辞任会見を見ていて,やはり私も,菅氏は稀有なペテン師でプライドが異常に高く,政治家としての能力に欠けていたなあと改めて感じた。
それはさておき,同じく辞任会見において,自分に対する評価は後世の人々の判断に委ねたいと話した。言い換えれば,「今は私の評価をしないでね,聞きたくないから!(あるいは自分の価値が下がるから!)」ということだろう。だがそれは誰も許さない。5カ月以上も経過した今の東北地方沿岸で目に見えているもの,今の東日本のセシウムの値,今の日本の農産物や魚介類の状態が菅政権の働きの結果である。いやでも評価はもう出てしまっているのである。
「(対応が遅れて)申し訳なく思う」という言葉を何度も使いながら,自分はできるだけやったので悪いことはないという主張を繰り返す。能力のないものがトップの座にしがみついて結果を悪くしていくことは悪である。がんばっていれば失敗してもよいことにはならない。むしろベストの結果を導くならば,一生懸命にやらず手を抜いてやってもらってもまったくかまわないのである。
辞任会見を見ていて,やはり私も,菅氏は稀有なペテン師でプライドが異常に高く,政治家としての能力に欠けていたなあと改めて感じた。