平行線の激論を聞いていて、その原因は2つあるように思った。
 1つは、たしかに両者は事実を話しているが、一方、あるいは両方が異なる少数の事実(枝葉の話)を出して、「事実はこうだからこうすればいいんだ」ということである。
 もう1つは、それぞれの経験や学びの違いから、物事に対する思いや認識そのものが異なっている(例えば、「暑さ」や「小沢氏」について好きと嫌いがあったり、「神」の定義が異なっていたりする)ということである。この2つに気をつけなければ、議論が平行線のままであったり水掛け論になってしまったりして、話し合いは疲労困ぱいの末に強制終了という形になる。
 建設的な議論を行うためには、様々な少数の事例(例外)もあるだろうがあくまでも幹・傾向の話をしていこうという共通認識を事前に確認し合うことと、相手が用いている言葉の定義に疑問を感じたらお互いに確認をし合い、思いや認識の差異を感じたらそれはエラーとしてその部分をとばし違う視点から話を進める配慮が必要であろう。
 言うまでもなく、相手をやり込めればそれでおれは満足なんだという人、議論は勝ち負けだという人、自分の考えは正しいという信念を持っている人との議論は、興味がなければはじめから避けるべきだろう。