嫌い、議員をやめてほしい…。議員や街の人たちの小沢氏に対する意見だ。小沢氏に賛成する意見をテレビでほとんど流さないマスコミを取り締まる法は、今の日本にはないのだろうか。
 マスコミの悪行はさておき、すべての人の性格や考え方、望み、価値基準などが異なる以上、それらの人々が共によりよく生きていくためには、法律などの「決まり」に基づいて活動を行うしかない。政治的責任や政治的道義の問題が残るから議員や国民みんなでつるし上げてもいいのだという流れだが、責任に対する考え方や道義、道徳などは、人によって異なるものである。世界的にみると政治の仕組みや体制はそれぞれ異なり、宗教や道徳になると日本とかなり異なる所も多々ある。日本の道徳や道義が絶対だとか客観的に正しいということはない。だから最大公約数を求めた結果として、しかたなく法を決めてやっているはずである。すべては法律によるのである。このことを忘れてはいけない。個人の感情や価値基準、道徳心が、法に勝るようなことがあっては絶対にいけないのである。もしこれが成立するのであれば、人々の基本的人権などはなくなり、独裁裁判、虐殺など、なんでもありの無法国家となってしまう。
 小沢氏は今後数年間、裁判に関わることになり、時間的精神的損害は計り知れないものがある。また、仕事上でも多大な損害を受けることになる。議員や国民は、感情論で一人の人間をこのような立場においやった責任はとらなければならない。言いっぱなし、やりっぱなしで後は知らないではひどすぎるだろう。今後自分に何ができるか、小沢氏が大きな被害を受ける今後数年間、考え続けてほしいと思う。