検察審査会によって、小沢氏が強制起訴されることになった。
 検察審査会とは「市民感覚で証拠を評価する」とのことだ。それでは、小沢氏に対する「市民の感覚」なるものは、どのようにして形成されたものだろうか。今回審査会のメンバーになった市民は11人だったそうだ。その11人は小沢氏と日常的に接して、小沢氏の行動を見たり話を聞いたりしている人々ではないと思われる。おそらく小沢氏に1度も会ったことすらない人々ではないだろうか。それはどういうことかというと、人々の興味を引き興奮させるようにおもしろく表現することが第一のマスコミ、視聴率や販売数を上げるためにはどのようにでも表現していくマスコミのみの情報によって、この11人の小沢氏に対する感覚はできているということである。だから、「小沢氏の説明は到底信用できない」という自己の感覚を表明することになったのである。当然と言えば当然の結果であろう。
 証拠と法に基づいて検察が2度も不起訴とした一国民を、マスコミによる世論操作にやられた人たちの単なる「感覚」によって被告人としていいのだろうか。「中国の国民に人権はない」などと日本は言えないだろう。今の検察審査会のあり方は非常にまずい。すぐやめるべきだし、今の検察審査会のしくみの元で判断が出された案件についても、通常の裁判でやり直すべきであろう。
 テレビのニュースでは、一斉にこのことを報じている。検察審査会のメンバーたちに、小沢氏に対する偏った情報、偏見を植えつけたのは、まさにマスコミ自身であるにもかかわらず、まるで他人事のように…。マスコミとは恐ろしいものである。合法的に国民を被告人にできる力を持っている。