与党の単独採決で教育基本法改正案が衆議院を通過した。これに対し、首相をはじめ与党の幹部たちは、「100時間以上も審議をしてきたから。」と口裏合わせをしたごとく全員が費やした時間のことを強調する。5時間であろうと500時間であろうと関係ない。様々な事件がおきている中、改正の必要性がそもそも本当にあるのかきちんと分析などを行うなど専門的学問的にはっきりしないうちに、無理に通すのはやはり横暴というべきであろう。専門的にといっても、政治家が大臣の文部科学省が主導を握って行うので、それも結果は決まっており無意味なのであるが…。話し合いの中身は、教育に関する個々の事件についてばかりで、教育の最高法規としてどうするのかという議論ではなかった。日本では正義を誠実に求めるしくみはない。改正ははじめから決まっており、与党は国民の手前、話し合いに何時間か付き合ってやればいいだろう位に考えていたのだろう。
 どうも政治のしくみがおかしい。そもそも全てが多数決で決まるのだから、総選挙が終わった夜に全ての法案の結論が出ているといっても過言ではない。国会での話し合いなど茶番な感じがする。学校の学級会では、人の意見を聞き、それを個人で考え、最終的に自分一人の意志で決めて多数決に入る。それだったら話し合いの意味があり、多数決でよいと思うが、政治家は他から影響を受けない独立した個人ではなく、党や派閥に所属しているため、その命令にそむくことは出来ないようになっている。無理にそむくと、ご存知の通りたいへんなことになる。このような状況下において行われる多数決がよくないことは、国民の全てが感じる所ではないだろうか。ごく一部の人たちの意思によって日本が動く。実態は、北朝鮮や中国とさほど変わらないしくみである。アメリカやフランス、ドイツなど他国もこのような政治のしくみであろうが、今以上よいしくみというものはないのだろうか。三権分立も政治家が行政の長になることも行政のあり方も、私には今の状況がベストとは思えない。詳しくわからないが、今の政治のあり方は、モンテスキューの「法の精神」に基づいているのだろうか。誰にせよ過去の誰かの提言に基づいているのであろうが、それを行ってみていろいろな反省点も見えてくる。それを踏まえた新たな体系の構築が研究者によってなされてもいいように思う。しかし、もし出来上がったとしたら、それは政治家や行政にとって今より居心地がいいものではないだろう。しくみを大きく変えようと決めるのもおそらく政治家であろうから、やはり今のあり方でいくことが最初から決まっている。私から見ると、ごまかしや不正義がうずまいている、なぞの多い国だ。