昨日の党首討論で、日本は世界で唯一の被爆国として真の平和を目指す責任があり核武装などをする必要はないのだから、核武装の議論は必要ないとの指摘に対し、安倍氏は、「核武装をしないということ自体も議論になるのである。」と述べていた。このような幼稚な方便が私は大嫌いだ。これからあと何年このような論法を聞かされるのだろうか。
国民のインタビューを見ると日本は核を持つ必要はないのだから議論は必要ないという意見であり、海外メディアでは日本で核武装論の話が出ていると懸念しているなど当然の受けとめをしている。しかし、世界で安倍氏を含む数人の閣僚だけが、「核武装の議論が必要だ」という言葉を理解できない。核が必要ないとしてきた国で議論が必要だということは、核を持つ必要性を検討しなおすということで、今まで同様「我々は核は持たない。」と口にすることが、今までなされていなかった核武装の議論を行ったことにはならない。厳密に言えば、「核武装の議論が必要だ。」ということは、これまで核武装の議論がなされていなかったということであるのに、これまでと同じように「核は持たない」といっただけでそれが核武装の議論だということは、今後核武装論が必要といっておいて、これまでも核武装の議論をしてきたという矛盾したことを自ら言っていることで、おかしな話である。
私ははじめから、安倍氏は国家の責任者の器などではないし、日本を変えていくような能力もないと感じている。総理になるという父の意思を達成し、あとは憲法改正だけ出来ればいいと考えている人だと思う。しかし、国会議員や国民の多くは支持をした。安倍氏を見ていると余裕がなく精一杯で、最近はその裏返しで(はったりで)言動が傲慢になってきている。しかし、安倍氏に責任はない。日本国民や世界の人からどう思われようと、幼稚で恥ずかしい論法を口に出せる人を支持した国会議員と一部の国民の責任である。それらの人たちは、最後まで責任を持って安倍氏に助言を行っていってほしい。
国民のインタビューを見ると日本は核を持つ必要はないのだから議論は必要ないという意見であり、海外メディアでは日本で核武装論の話が出ていると懸念しているなど当然の受けとめをしている。しかし、世界で安倍氏を含む数人の閣僚だけが、「核武装の議論が必要だ」という言葉を理解できない。核が必要ないとしてきた国で議論が必要だということは、核を持つ必要性を検討しなおすということで、今まで同様「我々は核は持たない。」と口にすることが、今までなされていなかった核武装の議論を行ったことにはならない。厳密に言えば、「核武装の議論が必要だ。」ということは、これまで核武装の議論がなされていなかったということであるのに、これまでと同じように「核は持たない」といっただけでそれが核武装の議論だということは、今後核武装論が必要といっておいて、これまでも核武装の議論をしてきたという矛盾したことを自ら言っていることで、おかしな話である。
私ははじめから、安倍氏は国家の責任者の器などではないし、日本を変えていくような能力もないと感じている。総理になるという父の意思を達成し、あとは憲法改正だけ出来ればいいと考えている人だと思う。しかし、国会議員や国民の多くは支持をした。安倍氏を見ていると余裕がなく精一杯で、最近はその裏返しで(はったりで)言動が傲慢になってきている。しかし、安倍氏に責任はない。日本国民や世界の人からどう思われようと、幼稚で恥ずかしい論法を口に出せる人を支持した国会議員と一部の国民の責任である。それらの人たちは、最後まで責任を持って安倍氏に助言を行っていってほしい。