中学生のいじめによる自殺問題で、町教委は調査委を設置する計画で、それに被害者の親が、自分達もメンバーに入れてくれといってきている。調査は、正確な原因を求め、客観的な改善策を求めて行われる。それなのに、被害者の親たちは「遺族の声を反映してほしい。委員として(遺族が)入れないなら弁護士2人を委員に入れてほしい」などと話している。町では、「公平性、客観性、透明性、迅速性が確保できる第三者機関による調査を目的としているので、応じることはできない」としている。
 自殺した子どもの親たちの気持ちはわかるが、調査委員会は真実を詳細に調査分析し、客観的、教育的な観点から結論を出そうとするものである。遺族の気持ちに配慮するなど、偏った流れで行われるものではない。遺族側の意向を尊重する結論ありきで行われる質のものではない。被害者の親は、委員会に聞かれたら今の気持ちや知っていることを十分に話せばよい。被害者の親は、聞き取り調査や分析をする立場ではない。被害者の親が調査委員会に入れば公正な結果がでない。学校や教師側も、その調査委員会に入る立場ではない。学校側も、調査委員会に聞かれたら知っている限りのことを話せばよい。両者とも裁判官の中に入ってはいけない。
 ワイドショーは、無責任にこの被害者の親のインタビューを何度も流し、世論をあおって、調査委員会にこの親を入れるための活動を一生懸命に行っていくだろう。盛り上がるドラマ構成である。被害者の親もインタビューで、学校や教育委員会などへの過激な批判コメントがほしいワイドショーにあおられながら(誘導されながら)、必要以上にゆがんだ感情を高められているように感じる。最後にどうなろうとワイドショーには関係ないのである。飽きてきたら、まったく放送もしなくなるだろう。あおるだけあおって、最後は消えていく。真実や今後の対応策などは、ワイドショーにとっては大きなことではないのである。「視聴率」より「公平な真実の真摯な追究」が優る訳がない(視聴率を上げることを目指してやっているものだから)。ワイドショーを含め、マスコミの行動を監視する民間の機関が必要だと思う。