やさぐれぱんだJJですパンダ


今日は、ボーヌ最後の日です。


朝ごはんをお腹一杯食べ 、チェックアウトをしてから

昨日、残念ながら閉まっていて、見ることができなかった

Hospices de Beaune 通称Hotel-Dieuに来ました。





オテル・デューとは、「神の館」という意味だそうです。


オスピス・ド・ボーヌのオテル・デューは、1443年ブルゴーニュ公爵の

フィリップ・ル・ボンの宰相ニコラ・ロランのよって建設されいまだに

当時の形のままで保存されています。


百年戦争がようやく幕を閉じたこの時代、ボーヌは貧困と飢餓に苦しみ

市民の3/4は収入もない状態でした。

そのため、宰相と夫人のギゴーヌ・ド・サランは「貧しきもの」のために

オスピスを建設。治療費を払うことのできない患者が多くオスピスを

維持するためにぶどう畑や塩田によりオスピス自体が収入を得られるように

するとともに、多くの芸術家たちに仕事を与え、建物の装飾を行いました。


仕事のなかった芸術家たちはきっと 腕を振るったことでしょう。


外から見ると ものすごく地味ですが、

中庭からみると こんなに華やかです。





これは、通りに面した側は、内部の豊かさを想像させて盗難にあうことを避けるため、

わざと目だたないようにしたそうです。 


妹のあふろが すげーキレイな建物だから絶対見ろっていってたけど、

なるほど・・あふろの大好きな寄木細工にそっくりな美しい幾何学模様キラキラ

色とりどりの七宝を施したフランドル様式の瓦屋根は必見です目






さて、豊かと言いましたが、オスピス・ド・ボーヌは、ニコラ・ロランの

財産や、ぶどう畑、塩田で収入を得るようになっていましたが、

広い病室に多くの病人を受け入れ、尼僧たちが世話をしているうち、

貴族やブルジョワジーの間で評判となり、彼らからの寄付により施設を拡大、

装飾もさらに充実していきました。

オテル・デューは 「貧しきもののための宮殿」 となっていったのです。

1971年に 病院は べつの施設に移されましたが、養老院は残っています。

今では、ワイン畑は61haになり ブドウ畑で栽培を続けている そのワインは、

毎年ワインのオークションで 世界にその名を知られています。


すでに3本買ってしまっているので、買いませんでしたが、日本でも買えます。

オスピスドボーヌ ボーヌ’99
オリビエ・ルフレーブ さんのところでも作っているみたいでした。

ワインで収入を得られるようにして、貧しき病人たちの治療費をまかない、

さらに無職の芸術家たちに仕事を与え、それによってさらに病人や働く尼僧

たちの居心地もよくなっていく。

また、入院している人たちだけでなく、集まってくる貧しいものたちには、

パンを焼いて配っていたそうです。


まさにノブレスオブリージュキラキラ


続いては中を見学します。


おたのしみぱんパンダ