いよいよ小学校入学。今でこそ「ピッカピカの1年せ~い」とカラフルなランドセルを背負っているが、私の時は、肩から斜めに提げた布製のカバンだった。中学生のように。(兄のおフルだったのかもしれない)
「おふる」と言えば、上着もそうだった。軍服を作り直したカーキ色のサージの上着だ。
あの時代は、「よそいき」と「普段着」にわかれていた。普段着はツギをあてたり、繕った物を着ていた。
すぐ上の兄貴は、ワンパクで汚したり、破ったりで、よくお袋に怒られていた。
俺は内心喜んでいた。「これでおふるは、無くなる」と子供心に思っていた。

1年生の時に、3歳下の弟が急死した。
お袋が東京かに行っていた日曜日に、弟がいつまで経っても起きず、ついに昼時になっても起きず、変だと思っている内、ひきつけが始まり、医者が来て何か手当てをしていったが、多分その日のうちになくなったと思う。
夕方帰ったおふくろは、気が違ったように呼びかけたり、また気が付かなかった家族に怒ったりしていた。
「急性脳膜炎」という事だったが、次の日には保健所から消毒に来ていた。
普段いじめていたくせに、亡くなると寂しいものだ。おふくろからは、しばらく「お前がいじめたせいだ」と言われていた。