今日は静観です。


相当狭いレンジでしたので、付け入る隙がありませんでした。かなりエネルギーは充填されているので今後の動きは大きくなると思います。来週は戻りを試す週になるのではと期待しています。



さて、後場はマーケットがこんな感じでしたのでちょっとニュースを見ていたのですが、、何年かぶりに涙が止まらなくなってしまったニュースを見ました。(本当にしばらく泣いてしまいました)


京都でおきた介護を苦にした母親(86歳)殺害の判決です。(被告:54歳)


日本の将来を考える上でとても大事な出来事だと思うので是非、確認していただきたいような内容です。


http://iitaizou.at.webry.info/200604/article_42.html



11年間も認知症をかかえた母を介護し続けた末の殺人。殺害時には消費者金融からの借り入れ枠も上限まで達し、デイケア2万、家賃3万の計月5万のお金さえ工面することが出来なかったとのこと。

母親を殺害し、自分も自殺をはかるほど肉体的、精神的にも絶望に追い詰められてしまったのです。


また、親子で心中をはかる直前の母親との会話は、究極的な親子の愛を見るようで涙がとまりませんでした。


この事件の裏には、行政が被告に対する、しっかりとした生活保護受給の説明不足であったことが指摘されています。このことに関しては強い憤りを感じます。(一方で私の友人の親戚で、本当は働けるのに生活保護を受けている人がいるのですが、そういう人も中にはいることも問題ですが・・)


昨今の様々なニュースやビジネス上での関わりから、本当に今の日本はお金が余っていて、バブリーな雰囲気を肌で感じているのですが、その一方で心中をはかるところまで追い詰められる人がいるのは社会の大きな問題だと思います。


私はゴミ投資家で今何が出来るかといったら確かにたいしたことは出来ないかもしれませんが、問題意識は絶対に持っていようと思います。納税だけでない社会への貢献というのは投資家だろうがサラリーだろうが大事な使命があるのではと。




友人で考古学を専攻していた人が何年か前にこんなことを言っていました。


遺跡から発掘された白骨から身長を調べてみると、あることが発見されました。


怪我をして足が片方ない白骨と健常者の白骨の身長を比べた時、足の不自由であった方が身長が高く、健常の方が身長が低かったとのことです。やはり色々調べても、体に怪我で不自由をわずらっていたと見られる白骨ほど健常者よりも身長が高かったようです。


つまり、健常者は自分の食料を減らしてまでも、体が不自由な人に食料を与えていたのではないかと。


何百年も前の社会、今よりももっと人の生存が困難であった時代における、この話を聞いて人間本来の優しさの尊さを感じたことを思い出しました。