私、看護学校は2回行ってて。

1回目は22歳で離婚してすぐに運良く入学。

卒業まであと少し!って所で

うちの母が緑内障を患い入院。

某京都の大学病院でオペ失敗😔

違う病院で再度オペ。

予想よりも入院期間が長引き、

幼い娘のお世話やら諸々、母に任せていたので

これは学校に通っている場合じゃない、

生活費を稼がなくては!娘を預ける所がない!

どうやって生活するの?!

と、なり退学🥲

お水の世界へ🍷

何年か働き、チーママに昇進

お水の世界で昇進て😅言うんかぁ???

イベント毎にノルマがあるお店。

イケイケママに付いて行けず、お客様の薦めもあり、違うお店へ☺️

とーっても穏やかで、女性でも✨惚れてまうやろ!✨

と思うような綺麗で清楚なのにセクシーなママのお店👩

チーママでなく、いちホステスとして働き、

とても楽しく充実していて、今思い返すと、

私にとって1番輝いていた頃だったかも…✨✨と。

そんな充実した日々を過ごす中、

初詣に⛩️行き、ふと看護学校に行く‼️

と直感✨✨

それまで1回目の学校を退学した事を後悔してなくて。

でも、いつかまた行くんだろうなぁ〜とは何となく感じてて。でも現実的ではなく…

その頃の家賃が15万で、

京都の街中に居るから、しゃぁないとは思っても、

京都ならではの2年毎の更新料もあり、勿体無く感じ

いつか自分の家が欲しい!と思ったり。

その為には

看護師になった方が良いよなぁ〜

と漠然と思ってはいたけど。

そこまで切実ではなかった。

日々の子育てと仕事で精一杯やったし。

今でも何で初詣の時に思ったのか不思議…

潜在意識とやらですかねぇ〜


で、その数日後の年始初出勤。

前のお店から応援してくれていたお客様と同伴。

その際に、そろそろ自分のお店を持たないか!?

と提案がありビックリ🫢

出店するなら資金は出してくれると。

なので初詣での直感を話しました!

すると

「じゃぁ、学校に合格したら学費は出す」

「合格できなかったら、お店を考えよう!」

「どちらにせよ、学校でもお店でも、おまえの

将来の道が開けたら、俺はおまえから卒業する!」と。

自分に起こった出来事…

やけど何かドラマを観ているような感覚になった事を鮮明に覚えているなぁ。

私自身よりも私のこと、

私の未来を考えてくれていた人。

出会いも不思議だった。

元々、私のお客様の友人。

元々のお客様が病に倒れる前日の「またな!」の一言に胸騒ぎがし、気になっていた所、その友人が面識もない私に連絡をくれて、その後も応援し続けてくれた。

元々のお客様が私を託したのか…と思ってるけど。

不思議な縁。今も謎。


それから資料を請求。

受験まで1ヶ月ちょっとしかなくて焦った。

お店の京大生のボーイさんに

お昼間、家庭教師をお願いして猛勉強。

京大生からしたら、めっちゃ簡単やん!

て思ってたやろなぁ。

私には難しかったけど😨

京大生がすぐ身近にいたのも何かの縁。

感謝。


あっという間に時間が過ぎて、受験当日。

予想よりも遥かに多い受験生。

倍率11倍😱人の多さに圧倒されたのと、

できた!という実感もなく。

無理やん…諦めてたなぁ。

ところが、なんと合格💮

ホンマに自信なくて。合格にビックリ🫢

誰かが裏工作してくれたぁ?😅と思ったり。


無事合格をお客様に報告!

めっちゃ喜んでくれました🥹

そして数日後、

学費を手渡しされて、その日が最後の夜となりました🥲

今思い返しても男気のある素敵な紳士✨ 

たくさんの部下からも慕われ、いつも笑顔だったなぁ☺️

嫌味もなく、いやらしさもなく。

こんな素敵な方が応援してくれて、信用してくれて…

男女関係でなく、対人間として接してくれて。

今でも感謝しています。

あなたのお陰で今でも看護師やれてます。

ずっとずっと感謝し続けます。



私のホステスから看護学校受験までの課程でした。

✨人生、小説よりも奇なり✨