旅行中。
ヨーロッパの美しい街並みに囲まれて幸せな気持ちに浸っていると、LINEの通知がくる。
うるさい。自分の心が一気にまどわされる。
日常から解放されるために旅行に来たのに、なぜここでも日常に悩まされないといけない?
もうこのLINEグループを脱退しようとか、戻ったら余計な人間関係は切ろうとかそういうことを強く決意するが
それでもモヤモヤは続く。ラインの通知が来る度に。
ここで気づいたのだが、煩い通知が来てそれについて一瞬嫌な気持ちになっても、
それについて考え続けているのは自分の意志なのだと。
多分、嫌なことが起きたときにその対策をしなければいけないと心が働いて、それについて考え始める。
嫌いなものにたいして、なぜこうなんだろう?とかどうやってこれを変えよう?とかそういうことを考えることが習慣になっている。
でも、せっかく今は美しいものに囲まれているのだから、美しいものについて考えればいいじゃないか。
そういうものを享受するために、私はこれまで日々自分の考えることを言語化する練習をし、物事を深く楽しむために知識を身につけ、無理しない生活をつくりあげて自分の感性を保っているのに。
日々の積み重ねは好きなものを思う存分楽しむためのものだ。
前も書いたが好きなものが増えると嫌いなものも出てくる。
でも生きている中で身に着けた知恵は嫌いを適度にやりすごしたり、嫌いを避けるためのもので
もう嫌いなものに真っ向から向き合わないことに決めた。
私は好きなものだけで心を満たして、それについて深く考え、言葉にすることにする。
私は自分の中での趣味などの自由な時間は、好きなことだけ考えるために使う。