自民党総裁選の討論会を見てて思う。

大体どの人も良い感じのことを言ってるし、政治家が「あー」とか「えー」とか濁しが多いイメージなのに対しスラスラと答えている。意外と政治家しっかりしてるじゃんと思ったりもする。

でもそうなると討論会だけ見ている自分は印象で決めたくなる。

若い人なら停滞した政治を変えてくれそうだなとか、この人は強そうだしリーダーシップがありそうだなとか。

なので若者としては結局おじさん勢に対してはあまり期待値が高くならない。

でも討論会だけ見て印象で語りたくなるのが危険だと思う。

記者クラブが圧迫面接のようなやや高圧的な質問をしていたのに対し某氏がその質問にまっすぐに答えずはぐらかしていたのを見て、「ああ質問に答えてないな」と一気に冷めた。

でも討論会でスラスラこたえられることは、もちろん事前にいろいろ考えてきたからこそとか、弁が立つとかあってそれは賢いのだけど(いや、事前に考えた答えなのか弁がたっているだけなのかはなんとなく見ていたらわかる気もするな)、

必ずしもその場で良い回答をできる人だけが頭良い、あるいは国をよくするわけでもないとも思う。

弁はたたないけどゆっくり着実に正しい方向に進める人もいるだろうし。

ただ、あの年齢で、国を代表する立場なのであって、やはり国民が納得するように弁もたってほしいし、正解へ導いてほしいというのが一国民として思うことだ。

なので、質問に答えないですりかえるのは論外、抽象論を言って具体的にどうするのか分からないのも詭弁、限られた時間で中身ないのをだらだらと述べるも論外、結論を端的にどの人にも言ってほしいものだと思う。

そしてそれを端的に言うと多くの国民は共感しないかもしれない、具体策を言えば必ず反発が出るし、なんとなく印象で好感度を持てる(イケメンとか、リーダシップありそうとか、優しそうとかなんでもいいけど)そういう人を求めているかもしれない。

もう一つの仮説は弱いリーダーがいれば周りが支えてくれて上手くいくのでは、というもので

それも多いに一理ある。だから、弱いリーダーが上にたって下手なことをせず周囲の協力をあおぐというのは一つありそうだなと思う。

でも、弱いリーダーで回りが協力して助けるみたいなのってあまり事例としてよくわからない。
リーダーもしっかりしてるし、周りもしっかりしてて結果良いチームというのはありそうだけど。

弱いリーダーだと利用されて終わりじゃないか?とも思う。
なので個人的にはやっぱりリーダーとして引っ張っていけそうな強い人が上にいってほしいなと思う。

 

過去におきた違和感の感じる出来事、今だったらなぜ違和感を感じたのか理解して言語化できるのに

その時には反論もなにもできず、そもそもうっすらとした違和感しか感じず怒りとか悲しさとかを覚えることすらできなかった

というかそれを言語化してしまったら、そのコミュニティが居心地悪すぎていれなかっただろうから自己防衛のためにそうしていたのもある。

結局反論しないとか、良い子でいるというのは被害をこうむり続ける人生になるので

良い人が搾取される社会(まあ良い人になってしまう弱さを本人の責任とも言えるかもしれないが)みたいなのに個人的に怒りを覚える。

でも「良い人が搾取される社会」みたいなのは、短期的に見るとそうだけど長期的にはそうでないかもしれないし、

多分ルールを変えればころっと変えられるものなんだと思う。

例えば簡単な例だと雑用をひきうけてしまう良い人に、どんどん雑用が集まってしまう

→でも雑用を片付けた人が評価され給料が上がる。だと良い人にインセンティブがある。

日本企業の実力ではなく、例えば上司との接待にどれだけ時間を使ったかとか、

愛想を良くしたかとかで評価される「対上司(=評価者)に対してどれだけコストを払ったか」というのはあくまで会社特有の一時的なルールであって

それを「会社としての全体最適にどれだけコストを払ったか」に上手く変えることができるとシンプルな構図になるんだと思う。

とはいえ学校教育とか年功序列の部活社会とかで対上司に対する対応を磨いてきた人にとっては、会社への貢献で成果が図られるという構図はやりづらいだろうな。だからそういう教育を受けたにも関わらず社会に出て成果主義となると苦労するだろう。こんなに気をつかって空気読んでるのに何で報われないの?と。

正解というのがないので難しいけど、友達としてのふるまい、多分家族の一員としてのふるまい、会社の社員としてのふるまい、国のリーダーとしてのふるまいはそれぞれ最適解があるのだろう。

友達だったら仲良く楽しく、社員だったら本来は企業の業績に対して、国のリーダーだったら将来も持続的に国をよくしていくみたいな…

それぞれに最適解をつくっていたら何重もの人格になって疲れそうなので、どこか一つに注力すれば良いと思うけど。

だから会社のためにでも、国のためにでも本当にそうしている人が一般人の共感を得られるとは限らない、というか相反する気がする。

それができるのは多重人格でそれぞれのルールに適合できる人だけど、それぞれ適合してたら無駄なエネルギーも使うし本筋に注力できないと思う。

なので政治に置き換えかえたら、国民の支持を得られるような共感型で人気の人がリーダーとなって、実はその裏で超冷静に国のためを考えて判断できる人が支配している、みたいな構図がうまく分業できてたら良いだろうなと思う。