コミュニティに誰か一人苦手な人がいると、そのコミュニティに行くのが億劫になる。
他の人たちは良い人でも、終わった後苦手な人のことばかり考えてしまう。
ただ自分の中に全員と仲良くなれたら良いという思想があるのかなと思った。
全員と仲良くなれれば理想だし楽しいけど、現実はそうじゃない。配慮の足りない人もいれば合わない人もいる。
私は平和主義だけれども、向こうから合わなさを出してくる人もいる。
そもそも全員と仲良くというのは不可能で、仲良くなれない人とは気まずい空気が流れるのは仕方ない。
気まずい空気も苦手だけど、それは自然災害みたいに起こりうるもので仕方ないと割り切れると楽になるんだろう。
同年代の嫌なところは、苦手だと思う人がいたらそれを表に出しても良いと自己本位でいれるところ。
大人になると、みんな大人なので仕方ないよねという感じで全方位に気を遣ったりするけど
いつまでも子供みたいに好きな人とだけ話したい!が全面に見えてくる人は苦手。
それは自分が大人でいるからそう思うのだろうけど。
苦手な人がいるのは自然災害。
地震にあって、例えば棚からものが落ちて物が割れたとか被害を受けて、
一時的に悲しいけどあとあとまでくよくよしたりしないし、まあ仕方ないで済む話だ。
相手を同じ人間だと思うから「私がしないような嫌なことをなぜこの人は平気でするんだろう?」と思って不快感が残るわけで
同じ人間だと思わずに自然災害だなと思って割り切るしかない。
外国人だと結構割り切れるんだけど、顔が同じ日本人だと同じ人間でしょ?と思ってしまうんだよな。
そもそもが全然別の人間で、別の理論で動いているので、同じでしょと思ってしまう自分に原因もあるのかなと思った。
旦那も全く別の論理で動いているし、人間は全然別物なんだなと心から理解しないといけない。
理解してるつもりだったんだけどなあ。