大人になることから逆行しようとしている。
子供みたいに楽しい時楽しみ、怒りたい時に怒り、感情に素直になり
嫌なことを避け楽しいことを見つける、そういう生き方をしようとしている。
これまで自分を押し殺すように生き方を身に着けてきたわけだが、それをあえてなくそうとしている。
なぜ適応するべくして長年かけて身に着けたものを手放そうとしているのか?
それは一つ、自分の感覚に素直になることでより幸せになりたいということと
2つ、感覚に素直になり追求していくことでオリジナルなものを生み出せるのではと思うからだ。
まず1つめ、自分の感覚に素直になることで本当に幸せになれるのか?
これには懐疑的で、大人とは、日本人とは何かと我慢して周りに合わせたりして社会で生きていく。
その中で子供みたいに自由に生きる人間は何かとやっかまれたり距離をおかれたりするだろう。
なぜなら多くの人が我慢しながらなりたっているので。
で適応して物事をうまくやりすごせる人は素晴らしい大人としてそれはそれでよいのだが
私は結局大人になることにストレスを抱え、自分には向かないなと感じた。
とはいえ自分に素直になりすぎて、好き嫌いがはっきりしすぎてるのも生きづらい。
自分に素直に生きても生きづらいし、素直に生きなくても生きづらい。
まあどちらかを取るなら自分に素直に生きて生きづらい方が良いかなと思うが。
いずれにせよ社会というのは生きづらい。
二つ目、感覚に素直になり追求していくとオリジナルなものを生めるかという点。
他人に同調したところで、他人に同調するものしか作れないだろうなと思う。
無難な生き方をしているような人が素晴らしいアートをつくれると思わない。
何かしら自分の哲学というか軸を持ってその生き方しかできないような人がオリジナルなものを作れる。
そういう人に憧れている。
オリジナルな人と話すと新しい気づきがあって楽しい。
本人は生きづらそうだなと思うけど、私はそういう人が好きで憧れている。