魚沼神社
新潟県小千谷市土川2丁目699-1
創建は崇神天皇の時代と伝えられ「延喜式神名帳」に記載される歴史ある神社で越後国の二宮です。
戦国武将の上杉謙信が関東へ出陣する際には、魚沼神社のある小千谷市あたりで信濃川を渡っていたとされ、そこを通るたびに魚沼神社に参っていたといわれます。
越後国一宮の彌彦神社と祭神が同じことから「上弥彦神社」と呼ばれ、拝殿にも「彌彦大明神」の額が掲げられています。
魚沼神社は一時周辺地域に幾つもの末社が設けられ大きな影響力を持ちました。しかし、南北朝の動乱で、魚沼神社は南朝方の有力武将の新田義貞に従い、義貞が戦死したことで社殿も焼失し一時衰退します。
御祭神
天香山命(あめのかごやま命)
「先代旧事本紀」によれば、父は饒速日命(にぎはやひの命)、母は天道日媛命(あめのみちひめ命)で、別名は高倉下命(たかくらじ命)とされます。
高倉下命は「古事記」「日本書紀」によると、イワレビコ命(後の神武天皇)が大和を攻める際に、熊野(和歌山県)の地で熊または悪神の毒気にやられ、神武一行は皆倒れてしまいます。
しかし、天照大御神(あまてらす大神)や武御雷命(たけみかづち命)から剣を高倉下命に渡され、その剣を神武天皇にもたらすと、天皇一行が覚醒したとされ、高倉下命は神武東征の功労者として書かれています。
その剣は布都御魂(ふつのみたま)と呼ばれ、現在 石上神宮(奈良県天理市)に祀られています。
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