5日目⁡


自分を変える

というのは本当に難しい。


自分を変えるというのは「習慣」を変えると言うことだから。⁡
誰でも「いつものルーティン」は安心する⁡
それを変えようというのだから苦痛が伴う⁡


『私の中の私』と仲良くなるのは大変だった⁡えーん

⁡『私の中の私』は私のことが嫌いだったから


性格がわるく弱気

見た目も嫌い⁡ネガティブ
何をやっても私を褒めない⁡悲しい


一時「芸能界」なんてところにいさせてもらってドラマ、舞台など経験させてもらったけどすべて負のスパイラルに入ってしまう。


そうなるとまぁ『私の中の私』がいじめるいじめる⁡不安

「なにやってるの?」⁡
「へたくそムキー」⁡
「なんのためにここにいるの?」⁡
「向いてないって」⁡

毎回自信がないまま仕事が始まり、想像通り失敗して終わる。あとに残るのは「私はなんにもできない女」という思いだけ悲しい

もうぼろぼろのぞうきんのようだったえーん





芸能事務所ともごちゃごちゃになって逃げるように地元に帰ってきた。下手したら数百万円はらうことになっていたかも泣

弁護士さんありがとうございました


⁡そんなこんなで私の中で限界がきた



⁡こんな自分もう嫌だ、変わりたい!

人って後が無いほど追い詰められた時がチャンスだ。だって「変わる」しか選択肢がないから。

覚悟ができる



私がなにをしたか?⁡
取り出したのは『わりばし』⁡
今思えばなぜわりばしをだしたのかも忘れてるけど、このわりばしに救われた。⁡

結論から言うとわりばしをくわえたのだ⁡割り箸




4日目⁡
私の今の幸せのために必要な力の1つは「切り替え力」
昔の私はあることをしていても、一つミスをすると『私の中の私』が『私』にこう言う。⁡
「あ〜、またやったショボーン」⁡
「だめじゃんプンプン」⁡
「やっぱりできないよねえー」⁡
こうなるとミスを連発。どんどん自信がなくなり最後はそのことから逃げる。⁡
それを繰り返してきた。⁡
『私の中の私』は本当に私のことが嫌いだった。⁡
一番そばにいるのに彼女に励まされたことなんてなかった。⁡
そんな『私の中の私』との関係を変えたことは私の人生で大きい出来事である。⁡
『私の中の私』が『私の一番の応援団長』になったのだ。⁡
ここからの私の行動はガラリと変わった。⁡
起きている物事は以前と変わらない。⁡
なにが変わったのかというと「ものの見方、捉え方」だ。ミスをしたとき、私が「もうだめだ」などと弱気になっても『私の中の私』が
「あなたなら大丈夫!やれるよ」
と励ましてくれるから。⁡
だから今の私は
「そっか、そうだよね。今のミスの反省はあとで。まだ続いてるから次、次やるぞ〜照れ」⁡
なんて思えるようになった。⁡
昨日の仕事もそう。⁡
最初のほうでミスをした。もしかしたら私にしかわからないことかもしれないけど昔の私なら確実に落ち込むミス。⁡
けれど今の私は違う。⁡
「切り替えて楽しもうびっくりマーク」⁡
「お客様のために今私にできることをやろうグー」⁡
1つの物事に対して「ミスしたらどうしよう?」と「何ができるか?」では内容も変わってくる。⁡
ミスを恐れると挑戦しなくなり、波動は下がり無難な結果に。⁡
何ができるか?からは新たな視点ができて波動もあがり「私らしさ」が生まれる。⁡

最終的にはお客様も私も大満足で終わることができた。⁡
『私の中の私』と仲良くなるまでは長い時間がかかった。でも、
仲良くなることが自分の幸せに繋がる
これは断言できる。⁡
その方法はまた明日。⁡

3日目⁡
メンターがまとめてくれた潜在意識へのアプローチがやはりすごい!⁡
簡潔にまとめてくださっているのですっと頭に入る。ただ、一回見ただけでは頭に残らないのでアプローチをPCに打ち込んでプリントアウトしていつでも見られるようにしてみた。⁡
いわゆる「刷り込み」である⁡ニコニコ
私はテーブルの自分のいつも座る場所に挟んだ。
テーブルはクリアシートで覆っていて、間にプリントや写真など挟めるの。

予定(夢)と意味付け(なぜこの夢なのか?)などちょっと腹に落としきれていないから、その都度目で見ると軸ができる感じになる。
潜在意識にしっかり落とし込むぞ。

今、なにが目的でそのためになにをしなくてはならないのか自分ではしっかり定められているつもりでも、片付けベタな私はやはりまた頭の中の整理整頓ができずごちゃごちゃになっちゃうことがある。
毎日見てはっきりさせることで優先順位がつけられる。⁡

よしよし、様子をみてみよう。⁡

人体実験だ⁡ニヤリ
なんにしても「整理整頓」は大切なのね。
「断捨離」の重要性がやっとわかってきたわ。


さて、今日は地区の記念パーティーに夫婦で参加。⁡
久しぶりに美味しいご飯とお酒と仲良しのママと過ごせて大満足照れ
パーティーの前に地区ごと集合写真を撮った。⁡
現像された写真をみて仲良しママから「笑顔が素敵。撮られ慣れてるでしょ」と言われたけど、撮られ慣れてるというより笑顔に慣れてる、からかな。⁡

私の笑顔は努力の証だと自負している。⁡

昔の私は自分の笑顔が大嫌いな人間だったから…⁡
ちなみに自分のことも大嫌いだった真顔

努力して笑顔を手に入れて
今は自分も自分の笑顔も大好き⁡!
ここまでくるには10年はかかったかな。

明日は私の笑顔の話をしまーすウインク