色彩の残り香

もうみηな眠ってしまった。瞳を閉じて呼吸をやめてしまったみたいに。
どこに行こうか。
脚が歯車みたいに噛み合ってしまった。
菠薐草のλった味噌汁には恥骨がλってゐる。
ああ、みηな眠ってしまったんだ。
白浜のうえのモラトリアムには
あの日の残り香がまだ逢ってゐる。
こゝろをやめた時代に悲しみは訪れた。
僕は情熱に水粒を垂らし
新たに染め替えて欲しかった。
繰り返し爪を噛んでいる呼吸を潜めて舐めている。
静かに流れていった雲はオリオンを掴んで連れて行った。
不器用なずる賢さは頬を地面に落とさせた。

苦しい。
苦しい
苦しいがとてつもなく有り難う。


とてつもなく有り難う。




end
UNDERTHEBRIDGE

とどのつまり
思った以上に世界と通じてはいないのではないのだろうか。
部屋だって外とは温度も違うし明るさも違う。

外は呼吸をすればそこだけ白く濁ってしまう。
掌だって冷たくて擦ってもあまり暖かくはなくて



まあでもきっとそれが世界なのかもしれない。












誰かが言っていた



「時間というのは本人の感覚でしかない。」


もしそれが正しいならば、なにかしらのACTIONもきっと後から主観的に見た記憶でしかない。

第三者的な、客観的な目線で時間を観るには
どうすればいいのか。













記録をすればいいのか?









釈然としたまま、
CREAMのBADGEという曲を聴いていた。








ああ
確かに60年代(うろ覚えだが・・)、そこらへんの香りが何となく漂っている気がする。

中身のない感想だけれども。















・・・世界と通じるということは
俺にとっては
小さな括りであってもそこに向けて
発信出来て、それを記録として残せるのであればそれで充分通じているはずなのである。







そしてその通じていた時間を走馬灯で覗いたときに美しく映るかどうかが重要なのであって








・・・まあ今はきっと正しい。










なんて自己嫌悪をごまかす
言い訳さらけ出してみたりする。







end
自我


私の自我は瞳の数と瞳がどう覗き込むかが
それだけが重要としか感ずることが出来ない。

在り来りな世界を嫌い、自我の存亡と闘い
程なく漂う。




薄い膜を張ったしゃぼんが俺の周りを覆う。

それは瞳の数でちぢこまり、
綺麗な瞳の前で大きく広がる。

そんなちっぽけで
髪を焼いたような匂いのするしゃぼんが俺の周りを覆う。




自我を溶かして
脳細胞に過積載の無駄を積む。




故に
虚無がしゃぼんを育ててゆく。






嗚呼
いつまでも騙してください。




俺の傍に居てくれるなら











ああ貴女の全て、隠してください。







そして
愚か者だと陰で罵ってください。












end