東日本大震災から15年
東北ほどひどくはなかったが、私の住む町もそれなりの被害を受けた
そんなおいらでもあの日のことは結構覚えてる
私は後輩と工場の5Sをしていた
5Sは汗をかくので、防寒着も上着も着ずにメットもかぶらず、棚移動したりあれやこれや整理整頓をしていた
あれ?揺れてる?と思った瞬間、目の前の棚がグワングワン揺れだして。「やばい、棚のアンカー取ったばっかじゃん。棚が倒れるよっ」と叫んだ瞬間、後輩が頑張って棚を抑えて、「先輩は早くエリアの外に逃げてください」と言ってくれた
結婚してなかったら確実に「惚れてまうやろ~」のシチュエーション![]()
いや、あんたラガーマンでも一人じゃ無理でしょ。っつか、棚を抑えることで二人とも体勢を整えている感じだった。天井灯も振り子みたいに超揺れてるし、正直揺れが収まるのを待つしかなかったのだ
揺れが収まった後が地獄だった
とりあえず工場の外に出て避難場所に行こうとしたら、うちの部隊が目の前の駐車場にいた。どうやら避難場所の外壁が崩れたらしく、危ないから急遽駐車場になったらしい。ぼろ工場だからな。しょうがない。
避難訓練なら、きれいに整列して点呼して「本日の出勤〇名、全員OK」みたいに始まるのだが、いかんせん、整列しないわ。全員そろってないわでてんやわんや。今日、何人出勤してるかどうかも把握していない。だめだこりゃ。
近くの工場に出張に行っている後輩とも連絡が取れず。
っつか、寒い!防寒着を取りに事務所に戻ろうとしたら、危ないから事務所棟に入るな。と。寒い。シャツ一枚だよ、くそ寒い。一緒に2Sしてた後輩なんか、汗かいちゃって半袖になってたもんだから、駐車場で筋トレ始めてた。隣で車揺れてるのに・・・。
少したって、心に余裕が出てきたとき現場の班長と与太話をしていたのだが、「溶湯が波打って、ちゃぷんちゃぷんしてたんだよね」とか「ロボットが炉の中に突っ込んだままだったの見たよ」とか「溶解炉の電源落ちたんだよね」とか「プラントのガスタンク、遮断されたんだよね」とか聞いちゃいけないことを話し出した。
溶湯が波打つ・・・800度近い溶けた金属が床にこぼれる→火事→操業停止の危機
ロボットが炉の中・・・高温すぎてベアリング焼ける→配線燃えるかも→高価なベアリングの予備は少ない→操業停止の危機
溶解炉の電源が落ちた&ガス遮断・・・溶けた金属が固まると溶解炉が壊れる→操業停止の危機・・・タイムリミットはおそらく3時間
この時は、日本全体が止まるということを想定してなかったから、何とか遅番からしっかり回すようにするにはどうしたらよいか?っていうのを駐車場で話して、役割分担を決めて動くことになった。とか言いながら、正直怖いのとやること多すぎるので、マジで泣きそうだった
生産技術は率先して復旧部隊の先頭に立つ。保全の人や製造の人が安全に復旧作業に入るために、一番最初に危険な作業をする特攻部隊なのだ
二人一組でガス漏れチェックを開始。一人が床下ピットに入って一人が上で監視。匂いと石鹸水でガス漏れ確認するという、なんと原始的な・・・。ガス検知測定器が一つしかないから、それはガスプラントに持っていかれた上に、タイムリミットがあるので、そんな原始的方法に・・・
幸い火事にはならず、ガス漏れもなく即時ガス管の復旧ができたので、操業停止にはならなかったが・・・。ただ、揺れで溶解炉にヒビが入ってたら、何トンもの溶けた金属が流れ出すような大惨事になるし。最悪の事態を免れていたので多少はほっとしてたな
早く家に帰りたいのに帰れない
ダーリンとは連絡取れたものの、歩いて帰れる距離の人は会社待機命令が発出。
工場で待機してたら遅番のおじいちゃんが早めに出てきて食べ物をくれた。その時に見たテレビの映像が衝撃的過ぎていまだに忘れられない。
までは覚えてるんだけど、何時に帰ったのか。帰った後ご飯をどうしたのか全く記憶にない。それくらい会社での出来事が衝撃的で怖かったんだなぁと思う今日この頃
![]()
本日の結果![]()
![]()
3.11はいまだにいろいろ考えさせられる
そういえば、ご飯をくれたおじぃはまだ生きているんだろうか
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()








