ある男が、バ━で1人の女に出逢った。


グラビアに出てくるようなすごい美人で、とても可愛かった。


バ━テンダ━は、カウンタ━の中で寡黙だった。


こんな女優のような女が、なぜこんなバ━に1人でいるんだろうと、男は訝しく思った。


バ━のカウンタ━は、コの字型だった。


俺は、その女と反対側のカウンタ━に座った。


見れば見るほどいい女だった。


「こんな女は、どうせ俺なんか相手にしないだろう。」


そう思った俺は、女に話しかけなかった。


しかし、その女は俺に話しかけたがっているように思えた。


まさか、こんな可愛い❤女が俺なんかに興味を持つわけがない。


もしかして美人局か。


変な気を起こして誘いに乗ったら、途端に怖いお兄さんが出てくるんじゃないだろうか。


危ない、危ない。


俺は、用心した。


「こんばんは」


「あぁ、どうも」俺は敢えて無愛想に応えた。


しかし、女はさらに話しかけて来た。


俺は、女に言った。


「何で、あんたみたいな綺麗な女が、俺みたいな平凡を絵に書いたような男に話しかけてくるんだい。いくら店に二人きりしかいないからと言って、あんたみたいないい女なら、どの店に行ってもモテモテだろうよ。」


すると、女は言った。


「こんな顔してるから、近づいて来る男は沢山いるけど、みんな私の体が目当てなのよ。でもあなたは、違うみたい。」


そんなこと、見ただけでわかるか。


俺だって、送りオオカミにならないという保証はどこにもないんだぞ。


それでも女は話しかけることをやめなかった。


俺は、とりとめのない世間話をその女と交わした。カラオケで歌も歌った。


その女は荒井由実の歌を歌った。


「泣きながら ちぎった写真を

 手のひらに つなげてみるの」


 失恋💔の歌だ。


失恋して淋しいのかな。


俺は、ちょっと心が動いた。


こんな美人に出逢えることは少ないし、ましてやいま、この女は寂しがっている。又とないchanceじゃないか。


俺は、その女の話につき合うことにした。


「隣に座ってもいいかしら」


バ━テンダ━がチラっと俺の方を見た。


「あぁ、どうぞ」と、俺は言った。


俺達は一時間ほど取り止めない話をして、一緒に駅まで帰った。


行き先は違っていたが、途中までは同じ電車だった。


彼女は一緒に家までついて来たがったが、さすがにそれは断った。


「その代わり、来週の土曜日にまたあのバ━で出逢ったら、今度は一緒に行こうか」と言ってその日は別れた。


次の土曜日までは、期待半分、不安半分の気持だった。


本当に来るんだろうか。からかわれただけなんじゃないか。


そして、約束の土曜日が来た。


夜の8時頃に、俺は店の扉を開いた。


あの女は、そこにいた。


そして、又2時間くらい話をして一緒に外に出た。


彼女が先に出て、俺も出ようとすると、バ━テンダ━が俺を見て言った。


「俺がいくら誘っても落ちなかったのに、あんたには自分から行くか。水商売の男は損だな」


俺は、黙って店の扉を閉めた。


そして又、女と一緒に電車に乗った。


今日は俺の家に行く約束だった。


俺の住処は借り部屋だった。


1Kの6畳一間の狭い部屋。


帰り道、彼女は今までの自分の人生を語った。


父親の名前の字と読みが俺と同じだと言った。


幼い頃母親を癌で亡くし、高2の時に今度は父親を又癌で亡くし、親戚の家から高校に通い、卒業後は全寮制の放射線技師になる免許の取れる専門学校に入り、奨学金を利用して卒業後は、放射線技師として都内の病院に就職した。


これほどの美貌なら、水商売にでも入れば相当稼げただろうし、愛人としてでも生きて行けただろうに。


過去の体験から、妻のある人の愛人になるのは、嫌だと言っていた。


両親に早く亡くしてしまい、親の愛に飢えていて、家庭への憧れがあるようだった。


俺だって家庭の愛になんか縁のない男だ。


それが却って2人の接近のきっかけになったのだろうか。


家庭の愛に飢えたもの同士が、一緒に生活したら家庭の愛を育めるのだろうか。


俺にはわからない。


彼女の最初の男は妻帯者のかなりの高齢者だった。年配者の包容力に惚れたのだろうか。


当然ながら、外でしか逢えなかった。


一緒に住むことも叶わなかった。


それでも逢瀬は楽しかったらしい。


逢った時に、次に合う日時と場所を決めて、家に電話されないように、相手の男は気をつけていたようだ。


ある日、デ━トの約束の場所に男が現れたかった。


何かのきっかけで電話番号を知っていたので、会社の部下を装って家に電話をかけたら、主人は「血管が破れて大出血をしてなく亡くなりました」と言われた。


「会社の方なのに、ご存じなかったの?葬式にはいらっしゃらなかったのね」


「あぁ、すみません。私も入院していたものですから」


「あら、そうなの。あなたも大変だったのね。いつでも焼香にいらして下さいね」


行けるわけがない。自分は、泥棒猫だ。


その男は、想い出の中の人になった。


その後、彼女は職場でイジメに遭い、東京から札幌の病院に移った。


すすき野のバ━で、彼女は2度目の男と出逢った。


今度の男は独身の公務員だった。


家にも遊びに行き、相手の母親にも気に入られ二人は結婚した。


夫が老け顔なので、父親と娘に間違えられるのが夫は不満だったらしいが、それでも幸せな日々は続いた。


しかし、知り合って5年目の冬。


夫が1人で乗っていた車は、雪でスリップし、交通事故で彼はあっけなく亡くなった。


突然の死だった。


傷心の彼女は、夫の母親とも別れ、東京へと帰って来た。


そして、僕と出逢った。


2人の男との出逢いと別れ。


その間にも、バ━に出入りしていた彼女の周りには、常に、彼女をものにしようとする男達が群がっていた。


しかし、彼女の身体だけが目当ての男達には、彼女はいくら金を積まれても靡(なび)かなかった。


そして、この夜、彼女は僕の部屋に泊まった。


セックスはしなかった。


それよりも、彼女は遮二無二(しゃにむに)僕に抱きついて来た。


「私を朝まで抱いていて」


か弱い女性の中のどこにこんな力があるのかというぐらいの強い力で、裕美(ゆみ)は私に抱きついて来た。


朝までか


長いな


長い夜


どこかで聞いたような言葉だ


ふと、俺はこの女を抱きながら、これから起こる自分の運命について考えていた。


未だに俺は、この期に及んでも、この女と俺はちゃんとつき合えるのかという疑問に苛まれていた。


いい男と言うなら、出逢ったバ━のバ━テンの方がずっといい男だし、しかも俺より若い。


普通の女性なら、みんなそっちを選ぶだろう。


俺は女を抱きながら、自分の仕事のことを考えた。


俺の仕事は物を運ぶ仕事だ。


いわゆる大手の運送会社で、名前を言えば誰でも知っている大会社だ。全国に支店や営業所が網の目のように張り巡らされている。


そんな系列の支店に勤務している俺の職場は、同じ会社の中でも、運転事故件数がワ━スト2の営業所だ。


毎日、某(なにがし)かの事故が起こっていると言っても過言ではない。事実、社員や従業員の内の何人かは交通事故で死んでいる。


俺は、この過分な魅力を持った女とつき合えば、きっと自分は舞い上がるに違いないと思っていた。


それは、男にとってはこの上もない喜びだが、彼女のことを考えながら運転していたら、きっと心ここにあらずで、きっとどこかの時点で事故を起こすに違いない。


幸せの絶頂で死ぬならそれも幸せなのかもしれない。


だが、ここで俺はふと、帰り道で彼女が話していた過去の男の話を想い出していた。


2人共死に別れじゃないか。


しかも、幸せの絶頂の中での突然の死。


俺は、3人目の男。


一瞬、背筋に冷たいものが走った。


人生はいいことばかりは起こらない。


人が味わえないような素晴らしい体験をしたならば、それと真逆の地獄も味あわなければならないのかも知れない。


眼の前の美女が、急に美女の姿を装った死神に見えて来た。


僕は、彼女の体をそっと離した。


「どうしたの?」


「君とはつき合えない」


本当の理由は、さすがに言えなかった。


思い込みの激しい人と思われるからだ。


「釣り合わない恋は出来ない」


そう、僕は言った。


「何が釣り合わないの?」


「君のように、人から賞賛ばかりをされて来た人にはわからないさ」


彼女は、朝が白々と空けるまで考え込んでいたが、不意に身支度をすると、逃げるように帰って行った。


ヤクザなお兄さんは現れなかった。


その後ろ姿は、死神には見えず、相変わらず美しかった。


僕の一夜の恋、果たしてそれは本当の恋だったのか、未だにその答えはわからないままだ。


今は、田舎の宮崎に帰って、1人で自営業をしていると風の便りに聞いた。