さて、仏国寺のつづきです☆ 大雄殿の後ろに進むと、正面8間の横長の建物「無説殿」があります。日本で言うところの講堂ですね。7世紀後半、新羅の文武王の時代、義湘とその弟子が王に華厳経を講義した場所と言われます。

新羅の僧、義湘さんです。新羅における華厳宗の開祖で、韓半島において多くの寺院を建立しましたが、その名声は日本にも及び、日本においても華厳宗の始祖とされています。鎌倉時代の国宝「華厳縁起」にも彼が描かれていますし、影響の大きさが伺えますね。
日本でも、少し後の奈良時代に華厳経の思想が反映されて「東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏さま)」が建立されたわけですから、当時の新羅と日本の仏教界の繋がりも、大変興味深いものがありますね♪
さて、そんなことを考えつつ、無説殿の北側にある「毘盧殿」へと向かいましょう!その名前の通り、毘盧遮那仏さまがおられる建物です^^
この建物ですね。大勢の参拝客が、毘盧遮那仏の説明を聞いていました。
![]()
そして、遂に自分もご対面^^ このお方が仏国寺の毘盧遮那仏さまです!金色眩しい銅造の仏さまで、韓国の国宝に指定されています☆
手印は金剛界の大日如来さまと同じく智拳印を結んでいますが、菩薩形ではなく如来形の姿をしていました。この像に限らず、韓国の毘盧遮那仏は主にこの姿だそうで、華厳経の新訳「八十華厳」に基づくものと言われます。
因みにこの仏国寺の毘盧遮那仏は、8世紀末辺りに造像されたもの。かつてはこのお方が大雄殿におられたのかも知れませんが、現在は曹渓宗のお寺であり、大雄殿には釈迦如来像が安置されています。
![]()
さて、仏国寺にはもう1つ、大雄殿の領域の西側に、「極楽殿」を中心とした領域があります。極楽殿とは日本で言う阿弥陀堂に当たり、阿弥陀如来さまがいらっしゃいます。つまり、極楽殿を中心とした領域とはまさに、西方浄土の世界であるわけですね^^
この領域へも、俗界と浄土を繋ぐ橋(写真の階段がそれで、下が蓮華橋、上が七宝橋、ともに国宝)が渡されていました。
極楽殿です。手前には撫でるとご利益があるという金の豚がいました♪
これですね^^
仏国寺の建物は、大雄殿や極楽殿のような多包式建築の他、写真上の柱心包式、下の回廊の翼工式など、韓国古建築の様々な様式を見ることが出来ます。建築好きにも充分に楽しめるお寺さんですね♪
☆仏国寺は居心地がよくて、つい長居してしまい、石窟庵に行く時間がなくなってしまいました^^; 仕方なく、近くにあるもう1つのお寺を目指したのでした。

