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解離性同一性障害と僕(2)

改めてUSPTという治療法で解離性同一性障害の治療を始めた僕は1人の人格を統合する度にちょこちょこ記憶のパズルができていった。
最初に人格として形成されている人格2人を統合し、人格として形成されていない人格のカケラを引っ掻き集めて纏めて、その日は終わった。
次にまた2人。
次の週は僕が不安定でUSPTはせずにカウンセリングのみで終わった。
次の週にまた2人を統合した。
それとカウンセリング。
次の週にもたぶん2人を統合した。
どんどんどんどん失われていた記憶が繋がっていく。
悲惨としか言いようのない記憶ばかりだった。
でも、その中に知らなかった(覚えていなかった、忘れていた)母親の笑顔があった。
母親は笑う時に顎にシワがよる。
知らなかった。
あとは様々な物や物事が怖い理由が解っていった。
全て他人格が僕の代わりに体験していてくれたから忘れていただけで数々の心と身体に与えられた虐待が原因していた。
そして最後に赤ちゃんまで遡り統合していった。
先生が「お母さんのお腹に戻るのは嫌ですか?」と聞いてきた。
僕は嫌がった。
母親は僕がお腹にいた時にお酒とタバコをやっていたみたいだ。
苦しかったんだろうな。
「ぢゃあ生まれた所から始めましょう」と言って最後の統合が始まった。
1歳、1歳カウントしながら統合していく。
1人ずつお礼を言いながら。
そして現在まで時は進んだ。
先生は「ぢゃあ今の〇〇さんは横によけてください。」と言った。
「心のずっと奥にいる本当の〇〇さん、もう怖くないから出てきてください。」と続けた。
「これからは統合して一緒になったみんなが内側から支えてくれます。
だからもう何も心配ないです。
過去は過去として此処に置いて行けますよ。安心してください。」と諭された。
一緒になったら教えてくださいと言われ、少しして目を覚ました。
「〇〇さんですか?」と聞かれ、そうだと言った。
「今、どんな気分ですか?」と聞かれたから「暖かい。そしてお腹すいた。」と答えた。
先生は「いいですね。」と言った。
凄く暖かくて身体が軽かった。
毎週 通っていたのが次の診察は2週間後でいいと言われた。
経過を教えてくださいと。
あと2つお願いがありますと言われ、何だろう?と思ったら4週間後に初めて診察した時に書いた問診票と同じものを書く事と、匿名で論文にしたいと言う事だった。
僕は了承した。
長い間、闘い続けた解離性同一性障害だったがもう終わったんだ。
後は経過観察と鬱のカウンセリングがあるけど。
統合を終えたばかりの僕は次々と記憶が戻り、色んな症状が改善され、凄く暖かくて身体が軽くて楽しい。
今のところは不安感や死にたい気持ちはない。
長くて怖い夢から醒めて楽しい夢の中にいるみたい。

フラッシュバックもなくなって寝付きが良くなった。
ずっと吹けなかった口笛も吹けるようになった。
日々、ワクワクしている。

あ、眠い。
続きはまた今度。

おやすみなさい。


解離性同一性障害と僕(1)

少し前にこの辺りで評判の良い心療内科からバスで30分くらいの所にある精神病院に転院した。
何故かというと前の心療内科では解離性同一性障害の治療ができなかったからだ。
「治療のしようがない」と言われたからだ。
ある知人が僕の為に一生懸命に病院を探してくれた。
そしてその病院までの通院手段なども調べて教えてくれた。
幸いウチの近所にはコミュニティバスのバス停がアチコチにあった。
そして、その病院の敷地内にもそのコミュニティバスのバス停があった。
だからそのコミュニティバスで行けると思って意を決して病院に電話をして精神保健福祉士さんに相談をして予約をとった。
そして病院に行く事になっている日の前日になってコミュニティバスの予約を入れようとセンターに電話をしたら「その病院までは行っていない」と言われた。
そのコミュニティバスは4つのエリアに分かれていてそれぞれがエリア内をグルグルしているだけだった。
公共の乗り物に1人で乗れない僕は焦った。
慌てて知人にメールした。
「コミュニティバスの予約を入れようとしたらその病院までは行っていないと言われた」と。
僕は絶望した。
知人は焦って路線バスを調べてくれた。
僕が路線バスに乗れれば何の問題もなかったが。
僕は徒歩で行くと言った。
片道おおよそ7.5キロ。
せっかく調べてくれた知人のためにも何としても診察に行かなければと思った。
だから徒歩で行くと言った。
当日になって、僕は行きだけは遅れるわけにはいかないからギリギリあったお金でタクシーで行った。
現在、病気で右手が半分くらい麻痺している僕は看護師さんにけっこうな枚数の問診票を読み上げてもらい答えて代筆してもらった。
そして熱を測ったり血圧を測ったりして診察の時間がやってきた。
新しい担当医とご対面した。
色々と話をして僕は「実は解離性同一性障害ではない」と診断がくだされるのを祈った。
が、結果は解離性同一性障害であると診断された。
そしてその日は3時間くらいかけて徒歩で帰宅した。
足の裏にマメができたが、無事に帰宅した。
知人も心配して来てくれた。
そして次の週から治療が始まった。
USPTと言う治療法だ。
ググッたら新しい担当医はけっこう有名な人だった。



眠くなったから今日はここまで(・ω・)
おやすみなさい。

怖いよぉ。

ずっと不正出血が続いていて火曜日にガン検査を行った。
結果は来週。
まぢ勘弁してほしい。
痛いのと苦しいのは嫌だ。
長生きはしたくないが、何もない事を願う。