「こんな夢を見た。」
片手で足りるくらいの年の頃の僕は、
新しくできたデパートの1階で、
母親の手に引かれて、見よう見まねで、
大人のふりして、買い物気分を味わっていた。
当時はまだ、エスカレーターさえも、
小さな僕からすれば、驚くべき文明の利器で、
エスカレーターに乗るタイミングとか、
周りの視線なんかを気にしながら、乗り込んだ。
ゆっくりと、オートマティックに、
それでいて、着実にのぼっていく。
子どもながらに、心は躍った。
未だ見ぬ2階の景色まで、あと少し。
白い蛍光灯が延々と続くはずの、
あの真っ白なフロアまで、もう少し。
のぼり終わった!
同じように時の流れるフロア、
確かに遠くまで続きそうな蛍光灯の道しるべ。
ふと、異変に気づいた。
僕は一人になっていた。
2階に上がったときからなのか。
何が何なのか、全然わからない。
母親の姿は、一向に見えない。
どこに。あれ。
僕はどこ。だれ。
さっきまで、僕は、
あんなに2階の景色への期待に
胸をわくわくさせていたはずなのに。
そばにあったものが消えた瞬間、
その未知は一溜りもなく畏怖の念に苛まれ、
迷子という認めがたい現実に閉じ込められた。
そして、恐怖・心配という概念は豹変し、
いつしか母への怒り・猜疑心へと変わり、
正しいはずの僕の神経を逆撫でた。
エスカレーターを逆方向に駆け下りた。
どこにいるんだ。全然わからない。
すれ違う人々、全員が怪しくも見える。
トイレか。食料品売り場か。化粧品か。
どうして。どうして僕をおいて消えた。
僕の何が気を悪くさせてしまったんだ。
もしや、僕のことが嫌いだったのか。
本当は、いなくなればいいと思っていたのか。
本当は僕じゃなくて、お兄ちゃんのことが好きで、
僕のことは邪魔者と思っていたのか。
焦れば焦るほど、ネガティブな考えばかり膨らみ、
周りも見えないくらい、
涙が乾くことも忘れるくらい、
闇雲に走り続ける、小さな僕がいた。
誰でもいい。
誰か僕を助けてくれないか。
ふと見つけた、1階角に靴の修理場。
カウンターに店員らしき顔が見えたので、
「僕のお母さん、知りませんか」とたずねた。
すると、その顔がゆっくりと振り向いた。
その顔は、
焦げ茶色に染まった、
生首だった。