続きです。
分娩室に入ってきたのは、
分娩担当だった女医さんと産科部長。
そこで、私が負った傷について、
細かい説明と謝罪がありました。
なにやら大変な傷ができてしまった、
ということにも不安はありましたが、
謝罪されたことに驚きました。
状況としては、
赤ちゃんの心音が落ち、
急を要することになり、
会陰切開をしないまま、
吸引分娩をした。
結果として、四度裂傷になってしまった。
とのことでした。
四度裂傷とは、ざっくりいうと、
会陰裂傷の中で1番重く、
膣の隣にある直腸まで損傷している状態のこと。
今後の治療法としては、先ずは絶食をして、
肛門を使わないようにする。
直後は腫れているから、
腫れがひいたところで、
傷の状態を確認しながら、
また方針を決めましょうとのことで。
しばらくは食事なし、
点滴でエネルギーを補うこととなりました。
また、場合によっては、一時的に人工肛門を作り、手術をする可能性もあるとも説明されました。
そして、退院日は未定。1ヶ月くらいは見ておいてとも。
ここまで説明されて、これは大変なことになったとようやく実感がわきました。
赤ちゃんが無事に産まれてきてくれて、
喜んだのも束の間で、
一気に地獄に落とされた気分でした。
そんな状態でしたが、翌日からは、
普通に母子同室が始まりました。
食事は、毎回、
栄養をサポートする医療用の
ポカリの粉のようなもののみ。
それを自分で水に溶かして、飲む、それだけ。
大部屋だったので、
周りの人に食事が運ばれてくるのを
耳にするのは毎食つらい時間でした。
出産直後は、満身創痍で、下半身のどこがどう痛いのやら分からない状態でしたが、
2日目以降、排便コントロールが全くできないことに気が付き、衝撃で、ショックを受けました。
本当にそんな体になってしまったんだ、と。
はじめは、酸化マグネシウムが処方されていたこともあり、もう形のないほぼ水分が、
こちらの意思とは関係なく、
催したと思ったら、
じゃあじゃあ出てしまう状態で。
赤ちゃんのお世話をしつつ、
何度もパンツを汚して洗いに行って、
1番大きいサイズの産褥パッドを
何度も取り替えて、
全然足りなくて買い直して。
食事は全くとれないし、
お尻はそんな状態だし、
同じ日に産んだ人たちは
どんどん退院していくのに、
自分の退院はなんの目処もたっていないし、
こんな状態で日常生活が送れるのか、
社会復帰できるのか、
今まで通りに働けるようになるのか、
母子同室で慣れない授乳、
赤ちゃんの名前も決まってない、
何もしていないのに
涙が止まらなくなったり
情緒もどんどん不安定になったりで、
終わりの見えないしんどい入院生活でした。
そんな中、傷口の腫れが落ち着いてきた、
とのことで、食事が開始になり、
その状態で様子を見ることに。
その辺りで、ある提案をされました。
病棟が変わり、母子同室はできなくなるけど、
個室に移ることもできます、と。
本来かかる、個室の追加料金はいらないと。
これは、私の精神状態を考慮して、
また、病院側も分娩の際落ち度があったと
考えているから故の配慮だったのだと思います。
大部屋で、ほかのママさん達の元気な気配を感じたり、面会の時に来てくれた夫くんや家族に気兼ねなく気持ちを吐露することができないことで、
メンタルが限界に来ていたこともあり、
ありがたく個室に移動させてもらうことにしました。
赤ちゃんとの同室よりも、
私の気力、体力の回復を優先する方針になったようでした。
そのため、授乳は3時間おきに、
少し離れた授乳室まで通うことに。
夜間も、辛かったらスキップして良いと言われ、
夜はほんとうにとばして寝てしまう日も。
恐らくこの生活のせいもあって、その後完全母乳にはなれず、混合→完全ミルクになって、
それはそれで当時は悩んだりもしましたが、
今となっては、もう母子共に元気なら
どっちでもいいです
笑
排便機能は相変わらずでしたが、
コツも少しずつ掴めてきてたところで、
退院の打診がありました。
損傷した肛門括約筋の締まり具合が、
出産直後に比べると、少しだが回復している、
また、傷自体の治りが良いことから、
今後は通院で経過観察ができそうとのことで。
結果的には、3週間ちょっとで退院をしました。
その後は一年ほど、経過観察で通院しました。
とは言っても、ここの病院には、
専門の科はなく、ただの経過観察が続き
拉致があかないなーと思い、相談したところ、
肛門機能外来に転院することになりました。
そこでは、肛門括約筋の検査をして、
数値として今どれだけ機能しているのかを
知ることに。
結果は、同年代の女性の半分以下、
3分の1程度の筋力しかありませんでした。
そして、この筋力を元に戻すことは、
基本的には難しい。
骨盤底筋体操を地道にすることで、
筋力の維持は期待できる。
とのことで、けっこうなショックを受けました。
また、手術に関しては、
再びメスを入れることになり、リスクが高い、
2人目出産も考えているなら、
今すべきではないとのことで。
肛門括約筋の機能とは別で、
過敏性腸症候群であることも分かりました。
出産前までは、1日1,2回の快便マンだったのに、出産後は多い時には1日7,8回もお通じがあり、その度にトイレに駆け込んでいました。
そのため、腸の薬を飲んで、排便の回数が減るように調整することに。
何度か薬を変えて、調整を繰り返して、
毎日コツコツ骨盤底筋体操を頑張って、
少しずつ、少しずつ、
排便コントロールがしやすくなり、
今に至ります。
今現在の妊娠中は、薬をやめたり体の状況が変化して、逆に便秘気味だったりがありますが、
妊娠直前までは、1日の排便が3,4回にまで、
落ち着いていました。
それでも、筋力が弱いことに変わりはないため、
ひとたびもよおせば、すぐにトイレに駆け込まないと、失敗してしまいます。
なので、飲食のタイミングを工夫したり、
外出時はトイレの場所を気にしたり、
パッドを事前につけたり持ち歩いたり。
今は、一生付き合ってく後遺症だと思って
受け入れています。
長くなりましたが、以上、1人目の出産記録と、
四度裂傷の経過のお話でした。