諸般の事情により、障害がある子たちと数ヶ月過ごしました。
厳密にいうと、放課後等デイサービスという、障害がある子たちが学校の後に通う療育施設で、
少しだけ支援員をしました。
人に見てもらうというより、自分の記録として、留めておきたいなと思い久しぶりにアメブロを開きました。
障害のあるお子さんに関わる仕事を考えている方には、すこーしだけ参考になるかもしれません。
私が行ったのは、特別支援学校に通うような重い障害を持つ子が多い施設でした。
障害については、大学で少し学んでいたりして全く知らないわけではなかったですが、
支援員としてある程度関わるということは今回が初めてでした。
毎日が新しい発見ばかり。そして、どんな子たちも本当に可愛くて、楽しい日々でした。
私が感じたこと、発見したことをつらつら書いていきたいと思います。
・重度の知的障害でも、言っている事は理解している
発語ができない子(「あー」とか「うー」がほとんど)に対して、
最初は、話しかけても何も反応が返ってこないことも多く、そもそも言葉を理解していないのかな?
私の表現の仕方が、理解しづらいのかな?と思っていました。
それは勘違いで、ただ単に人見知りしていたり、信頼関係がまだ出来ていなかったり、誰こいつ?と思われている段階であり、
毎日一緒に過ごしていると、だんだん私が話したことに対して、頷いたり、反応してくれるようになりました。
・信頼関係が少しずつできてきて、子供たちが話しかけてくれたりするのがすごく嬉しい。
障害の有無関係なく、そもそも人同士だからそんなすぐに親しくなんかなれません。
新しい先生だからといって、子供達がすぐに親しくしてくれるわけじゃないですよね。
自分が小学生の時とかも、新しい担任の先生に慣れるのに確かに時間かかったなあと思い出しました。
先ほどの通り、一緒に過ごす時間を重ねていって、私という人物がどういう人物なのか分かってもらう必要があるんだなと実感しました。
・特別支援学校に通っている子には、就労が目指せる子と難しい子がいる。
就労が難しいような子の場合、おむつが中高生になっても外れないような子や、強度行動障害などで、
学校から送迎車に乗るにも歩くことを嫌がったりする子、とにかく、一般の生活を送る上で、
他の人の支援が必要な子(排泄や入浴等)は、就労が難しいという話を聞きました。
逆に、一般の生活が一人でこなせる子、そして簡単な指示を理解し、遂行できる子は、
就労が目指せるようです。こう書くとすごく当たり前に感じますが、なるほどと思いました。
発語がなく、喃語(あー、とかうー)のみの表現の子も居れば、
すごく普通に見えるし、おしゃべりもスムーズにできるのに、2桁以上の算数ができないため、
知的障害の子もいたりと、
特別支援学校に通っている子たちの、障害の重さ、その幅の広さが大きいなと感じました。
・人から好かれるかどうかが将来の支援を左右する
発語がなくても、清潔感があったり、単純に人が嫌な気持ちになることをしない(ヨダレを自分の髪につけるなど)だけでも、
支援を受ける間口は広がるという話も聞きました。
もちろん、障害特性でそれができないということ、支援者がそんなことで選り好みするのはどうなのかという話もありますが、
人に好かれれば、それだけ支援したいと思ってくれる人の数も多いわけですよね。
・ダウン症の子は明るくて可愛い、社交的
ダウン症の子と接する機会がなく、あまり発語ができないのかなと勝手に思っていました。
でもそんな事は全然なくて、おしゃべりもとっても上手。
明るくて本当に可愛いなと思いました。
学校の宿題などを見ていて、知的な遅れはもちろんあるなと感じましたが、人懐っこい子が多い印象でした。
・子供達との接し方はフラットでいい
あまり偉そうにしたりする必要はなく、ありのままの自分で接するのが一番かなと思いました。
先生とはいえ、嫌な気持ちになったら嫌だというし、社会的に受け入れられないことは注意する。
素敵だなと思ったことは素敵だって言う。
普通に会社で働くよりも楽というと変ですが、思ったより大変という感覚はなく、
子供達とのやりとりを重ねていく中で、この子のためには、どんなふうに声をかけるといいのか考えるようになり、
自分の声掛けが上手くいった時はすごく嬉しく感じました。
それから、子供達に「どうして?」と聞かれた時に、
真摯に応える事も大事かなと感じました。
きっと理解できないからとか、適当に説明するのではなく、
人として対等に、きちんと説明すると、意外と分かってくれたりもする。
最後に
数ヶ月だけでしたが、本当にみんな将来幸せになってほしいなと思いました。(凡庸な感想・・・)

思い出したことがあればまた書き足そうかなと思います。