24の夜から病院で当直をしていた。朝、心肺停止で運ばれた90台の女性がいた。
必死の心臓マッサージは届かず、なくなった。前日まで元気だったという。
突然の死に家族のショックも大きかっただろう。
1月25日、祖父が他界した。
朝、母からの電話があり、嫌な予感がして電話を入れた。
亡くなった患者さんにお祖父ちゃんを重ねていたため余計にショックだった。
大好きだったおじいちゃんだった。しかし、5年も会えていなかった。
5年前、介護のことで意見の相違があり、私達、親子はお見舞いにいけなくなった。
その後、病院の転院の話は連絡が来ていたが、足は遠のいていた。
行こうと思えばいけたが、行けなかったのだ。
東京の病院に祖父と祖母が2人で同じ部屋に入院していた。
5年前には家でひとりで生活できていた祖母は2年前に入院の話を聞いて
お見舞いに行ったときには、口も利けない状態だった。
あまりの変容に母親はショックを受け、お見舞いは更にできなくなった。
祖父がなくなった連絡を聞いたときに真っ先に、お見舞いに行かなかったことを後悔した。
せめて、見送りくらいという思いだった。
お通夜もお葬式もなかった。遺産のことでもめていた影響だ。
形ではない、想いが大切だと言い聞かせ、自分のできる精一杯の見送りをした。
人の死とは本当にあっけないものだ。しかし、思い出は消えることはない。
一緒に公園でハトにえさをあげたこと、お団子をいっぱい買って待っていてくれたおじいちゃん。
いつも看護師さんに冗談を言って笑わせ、人気者だったおじいちゃん。
ありがとう。