先日、テレビ東京系の「カンブリア宮殿」に劇団四季の浅利慶太氏(代表取締役会長・芸術総監督)が出ていた。今でこそ「キャッツ」の大成功と定着で全国に専用シアターを持つ今日の日本を代表する巨大劇団となったわけであるが、村上龍氏が浅利氏に劇団四季が立ち上がるまでの過去をひもといて訪ねた。そこには当然どうやって劇団でメシを食っていけるのかという苦悩の時代もあったという。そして浅利氏は視点と考えを変えることで今日の四季の源を築いた。村上氏が言っていた。これは何も劇団四季だけのことではなく、あらゆる産業やビジネスに通じることではないかと。カムイも見ていて「なるほど、その通りだ」と思った。


我々は、どうも良くできあがったもの・既にあるもの・名声のあるもの・成功したものだけを評価して、そこに乗せてもらおうとする。何の貢献も示さずにだ。過去において、その影には大変な苦労と努力があったことを知らないで、また知ろうとしないで、考えないでだ。だから逆に、これから将来に向けて築いていこうという現在進行形のもの、すなわち現在苦労や努力をしているもの、しようというもの、生みの苦しさにはなかなか関わろうとしない。中には、そのような苦労や努力は無駄だと思っている人もいる。誰かに乗っかることだけで自分がその為に関わったり汗かいたりしようとしない人である。こういうタイプの人は、実は世の中の大勢派である。残念ながら人間は快楽主義者が多いのである。自分が良ければそれでいいとか、自分が楽しけりゃそれで満足とか、自分のことしか考えていない人間の何と多いことか。もちろん、そうでない少数派の人達もいる。だけど、そういう志の人達は少ないから、多くの人口の中ではどうしても埋もれてしまう。浅利慶太氏などは、世の中における少数派の中から生まれたビッグな人の一人で少数派の生き方をしている人たちが生きていく上で見習う・続く良き手本となる人である。「そんなの無理だ」とか、「そんな苦労しないで楽しく遊んぼうや」・・・などという人はたくさんいる。その人達を別に否定するつもりはない。だけど、その人達と同じ考えや価値観にこっちがなるつもりもない。それが自分の生きる道であり、信念だからだ。自分は自分、流される必要はない。世の中のみんな、もし周りの人達に惑わされそうになったら、カムイのこの話を思い出して欲しい。周りは周り、自分は自分なんだからね。浅利慶太氏の話を聞いて、改めてそう実感したのである。