このたびの東日本大震災で多くの方が被災され、また福島県においては、地震が過ぎ去った後も復興にかかることが出来ないという事態になっていることに、大変心を痛めております。
原子力発電はコンパクトな装置から大きな電力を得ることが出来る夢の発電施設だったはず。それまでの火力・水力に比べて、圧倒的にコンパクトであり、また出力も大きいという特徴がある反面、エネルギーの元となる原子力、ウランやプルトニウムといったものが、自然界では高濃度のモノが存在せずに、濃縮に濃縮を重ねて、純度を上げて、燃料として使える状態にしてあり、またそこからエネルギーを熱の形で放出するのが、高度なコントロールを必要とする一面もあります。
しかし今回の震災で、分かったことは、千葉や福島で発生した火災は燃え尽きたら自然と鎮火する、または水をかければ火勢は弱まるという、ごく当たり前のことが、原子力発電所には通用しないということ。
地震はコントロールすることができない自然現象。その発生に伴う津波もコントロールすることは不可能。
しかし今までは、原子力発電所は「大規模な地震が発生しても原子炉は非常に頑丈に出来ており、また安全装置も完備されている」と説明してきたはず。しかし、コントロールできない自然現象の前には、原子力の安全神話はかすんで見えてしまう。
これは何かに似ていると思ったら、バブルの頃の経済と似ている気がする。ほんの数キロの核燃料で、遙かに多くの石油を使った発電と同じ出力を出すことが出来る夢の燃料。しかも、リスクマネジメントしてあり安全。核の使用済み核燃料から、再び再利用できる形でプルトニウムを取り出せば、リサイクルも可能。
都心に小さな土地を持っていたり、優良企業の株を保有しているだけで、銀行などから多額の資金が借り出せ、またその資金を元により大きな土地、株式等を購入して、大きく膨らませることが出来る。
小さな土地に縛られているよりも、その土地の価値を何倍にも出来る方法を考える、そんなマネーゲームになっていたバブルの頃。
リスクは管理されれば、もはやリスクではない。
しかし人類の知っていることは、ほんの少しである。海の底、地球の陸地の中、宇宙の事。知っているようで、まだまだ知らないことが多い。津波のメカニズムは解明されたが、その原因となる地震の原理は判明しても、予知し防止することは出来ない。
過去に例のない大きさの自然の猛威が襲いかかってきたときに、人類は初めて、リスクなどというものの本質、上限を過去のデータで設定することが無意味だと言うことを知ることになる。
我々人類は、モノを燃やすことで暖をとり、食料を加熱して、生活をしてきた。
分かりやすい自然現象や化学反応によるエネルギーの獲得は効率が悪いかもしれない。
しかし安全とは、やはりお金と手間がかかるモノだと言うことを理解しなくてはならない。
自然界から直接エネルギーを抽出する方法を考える時に来ていると思われる。