私、ちゃんと教です。
でした?かな?
何でもかんでも
ちゃんと時間見なきゃ
ちゃんと出かけなきゃ
ちゃんと並べなきゃ
ちゃんと着なきゃ
全部の行動に
『ちゃんと』
がついている生活
周りから見られる自分はどう映るのか?
どんな人だと思われてるのか?
これ、最大に気になってて
これを基準に全てを決めていた
それは、職場の人、ママ友、近所の人
子供にまで。
すべての人に、見られてる自分の評価がどんななのかが気になって行動していた
って事に気付いたのは、本当に最近。
仕事に行くのに、コンタクト入れないといけなくて。
でも
入れるの面倒で、入れると痛くなる事もあって。
でも
ちゃんと見えないと仕事に支障がでる
でも
ちゃんと見えて仕事ができないとスタッフからの評価はどうなるんだろう?
評価が下がるかもしれない。
頼ってもらえないかもしれない
バカにされるかもしれないし、嫌な仕事ばかり押し付けられるかもしれないし…
こーゆー思考は永遠に広がっていく
例え自分が嫌だと思う事でも
他の人の目が気になってやってしまってる事
数え切れないほどある日常
つーか、ほぼそれ
なんでそんなに他人の目が気になるか?
それは、評価が下がると生きてる価値がないんじゃないか?
生きている意味がないと思われるんじゃないか?
そんな壮大なスケールの 笑 思い込みが
私をちゃんと教の信者にさせていた
色んな事を学んでいる毎日で
そもそも他人の評価ってなんだょ
ってなんだか降りてきて
やりたくない事やめてみよ
と決めて動いてる
コンタクト入れないで仕事に行ってます
0.3位だから、全く見えない訳じゃない
ボヤーッとしてるけど、それはそれで悪くない
ダメなときはメガネかければいいし
気分によってコンタクト入れればいい
ガードル辞めてみました
白衣のズボンでパンツの線が見えるのと
おしりの形がもろに見える。
それ見られたら、だらしないお尻と思われる!
お腹を冷やすからダメ!
そんなガードルは
お腹キツイし、着るものによって色選ばなきゃいけないし。なりより窮屈!
子供からは『デカパン先生』と呼ばれていた 笑
自分の体が嫌って言ってるんだからはかない
毎日の洋服選びは適当になりました
おしゃれじゃなきゃ、いつも違うもの着てなきゃ、アクセサリーも気を使って、コートも靴もかばんも全部に気を使って。
暖かくて動きやすければなんでもいいさ
今までガッチガチに固めてきた
他人からの評価を上げるための鎧
や〜めた
そしたらね
ちょ〜楽ちん
体最高!
キツくもなければ痛くもない
力抜けたわぁ〜
もちろん、まだまだちゃんと教が抜けたわけじゃないから引っかかる事もある
でも、そのちゃんとが
自分の体やココロが喜ぶものならやればいい
他人の目が気になってしてる事なら
辞めればいいだけ
今まで良くやってたなぁ〜
そりゃ〜疲れるよね
昨日のご飯の話にも繋がる。
ちゃんとご飯作らなきゃ
子供からどんな風に思われるかな?
そんな事考えながら作るご飯は
楽しくもなければ美味しくもないわけだ
ちゃんとちゃんとちゃんと
ひたすらそればかりで生きてきた
他人の評価ってさ 笑
他人がどれだけ偉いんだょ
自分が他人より劣っている
その大前提だったんだな
また見つけた
ひどいなぁ私…
自分の事をどれだけレベル下げて見てたんだか
ごめんなさい
もともとおしゃれが好きだけど
今はいいや。
きっと、他人の目じゃなくて
自分のココロで洋服が着れるようになったら
楽しくおしゃれができるようになると思う
すごーい気付きだったなぁ。
ぶっ飛んだ


ココロと体が
軽くなっちゃった