今日は、何となく、自分と合わなくなった絵を実家に持ち帰り、大切にしまって来ました。

10年前、人生の前半戦を終えたご褒美に、私をイメージして描いてもらった龍の水墨画。龍

とても氣に入っていて、眼光鋭くかっこいいけれど、もうこの時の「強さ」は要らないな~と思って実家でゆっくり休んでもらうことにしました。おねがい

少し寂しい氣もしましたが…

 

私の日常は、今のところほとんど何も変わりません。

…が、自分の内側は少しずつ変わって来ました。

決めたからでしょうか。

心をくっつけないこと。執着しないこと。

人であったり、出来事であったり、過ぎ去った想い出だったり。ニコニコ

 

誰かに氣兼ねすることなく、とにかく、さらりとやって行こうと決めたから、そんな流れになっていくようです。クローバー

 

そう言いながらも、携帯に残る猫たちの写真を消すことができません。

亡くなった猫たちがそばにいないことは、寂しくないのに。オッドアイ猫

写真の中の思い出から離れられない自分に驚いています。

まだ、ここは、しばらくそのままにしておきます。そのタイミングがくるまで。

 

    

 

さて、昨日のブログは、「念」の話を書きました。

相手を大事に想う氣持ちも無意識で念を飛ばしていること。

これって、みんなやっているみたいですね。特に親子。

 

うちの母には、「心配すると念が飛んできて具合が悪くなるから、心配するな!」と言っております。

時々、母親に無意識で懐柔されていることに氣がつきます。びっくり

今日も母は、私に頼み事があったようで、知らずに実家に帰ると喜ばれました。

何というか、親子ってつながりが深いからこそ、良いエネルギーもそうでないのもダイレクトに伝わりやすいな~と思います。

氣をつけよう!ウインク