87歳の男性が16時過ぎに呼吸停止された


7月の30日に、キーパーソン家族に看取りについての面談がされていた


お元気なころは車椅子で移動されいろんな話をさせてもらった


旧国鉄を、定年まで勤め上げられて、、

私の父も旧国鉄職員だったので親近感もあった

紳士的な謙虚な方であったが、身体の衰えとともに被害妄想的な感情に支配されることが多くなり

実際強い利用者から、キツくあたられることもあったようで


でも、団体生活のなかで私としては遠くからながめるしかなかった


昼間は紙ぱんつ使用、夜間にオムツ希望されるが、無意識にオムツ外し全身尿汚染し介護福祉士に、総替えしてもらう光景を何度かめにした


そんなとき、なんでこんな目に合わされるのかと言われたりしていた


少しずつ食欲が低下し、

寝たきりの状態となり、点滴にて経過


声かけると、わかる程度となっていた


最後の数日間は喘ぐような呼吸がつづいた


私は87歳になって、老衰と言われてもこれほど死の坂を越えるのに苦しまないとダメなのかなと辛い気持ちで見守っていた


夜間のナースが、夜9時ごろ危篤状態だと家族に電話して


家族がきた時はまだ、発語があって

もうあかんわと言われたとのこと


日勤で私が受け持ちとなり、橈骨動脈は触れるけど、もうサーチも測れない状況が続き

ずっと付き添っている家族の疲労を考えた


死の瞬間、家族が見守るのが良いのか

ただ、今となっては安らかにそんなにも苦しむことなく少しずつ死に向かっている状況で約12時間経過しており


家族に人の死の訪れは、本当にわからないし、これまで充分みてあげてきたのだから、、一旦帰って、ゆっくりされては?と話しした


その死の瞬間が私はそんなに意味があるとは今の私は考えていない


相手に明らかに感情があれば、また、別だと思うけど


朝9時ごろ帰られて、、もうこの状況なので大きな変化や、呼吸が止まったら、ご連絡しますと家族に伝えて同意された


その日一緒に、日勤した受け持ちでないナースは、ついててもらったらと言った


私なりに家族に説明して家族が一旦帰ると判断されたんだ


死の瞬間から家族はいろんな思いがあるだろう


本当に難しい瞬間だとおもう


15時頃から、呼吸回数が減りだしたので家族に連絡したら、こられることとなったが、、


こられる数分前に呼吸停止された


家族さんからは、感謝の言葉しかなかったと、私は思っている


ある方の死について、書かせてもらいました