桜梅桃李

桜梅桃李

華は散るから美しい

甲子園球場で、敗れた球児が泣きながら砂を集めている。

その姿を見ると、胸を打たれる。長い時間をかけて練習し、仲間と汗を流し、最後の一球まで戦った。その場所に残る砂を持ち帰ることは、彼らにとって単なる記念品ではない。青春そのものを手のひらに残しておきたいという、自然な感情なのだろう。

だから私は、それを否定するつもりはない。

 

しかし、その光景を「美談」として語ることには、少し立ち止まって考えたい。

泣くことが美しいのではない。

砂を集めることが尊いのでもない。

そこに至るまでに、彼らが努力し、悔しさを抱え、それでも最後まで戦ったという事実こそが大切なのだ。

敗者が泣く姿を「青春の美しさ」として消費してしまえば、本人が抱えている悔しさや苦しさまで、美しい物語に変えてしまう。

悔しいなら、悔しくていい。
泣きたいなら、思い切り泣けばいい。
砂を持ち帰りたいなら、持ち帰ればいい。

そこに大人が意味を与えすぎる必要はない。

 

人生には、勝ったことだけではなく、負けたこと、届かなかったこと、悔しくて涙を流したことも残っていく。

甲子園の砂は、その少年たち自身が、自分の記憶として持ち帰ればいい。

美談にするのではなく、ただ一人の人間の大切な瞬間として見守る。

そのほうが、私は彼らの涙に対して、ずっと誠実なのだと思う。

 

「危険な暑さです。不要不急の外出は控えてください。」

この言葉を、私たちは当たり前のように受け入れている。

しかし、本来「外に出るな」と警告される世界は、映画の中だけの話ではなかっただろうか。

 

命を守るために冷房を使い、水分を補給することは大切だ。

だが、その対策に慣れるほど、異常そのものへの危機感は薄れていく。

人は環境に適応する一方で、異常を日常へと変えてしまう生き物でもある。

気温は年々上昇し、自由に外を歩くことさえ命がけになりつつある。

それでも「今年も暑いね」で済ませてしまう私たちに必要なのは、対策だけではない。

 

この暑さが決して当たり前ではなく、地球が大きく変化している現実を忘れないこと。

その認識こそが、未来を守る第一歩なのである。

「九州ってさー、豚骨ラーメンだよね。」
そう言われたとき、私は少し戸惑った。

豚骨ラーメンとは何だろう、と。
九州で育った私にとって、ラーメンとは白く濁った豚骨スープに細麺が入ったものだった。
それは「豚骨ラーメン」という一つの種類ではなく、ただ「ラーメン」という名前の食べ物だったのである。

たまに口に合わないラーメンに出会うことがあった。
後になって、それが味噌ラーメンだったと知った。
違和感を覚えたのは味噌だからではない。私の中の「ラーメン」という常識から外れていただけだった。
 

人は、自分が育った環境を世界の標準だと思い込む。
それは傲慢だからではない。比較する対象を知らないからだ。
上京して初めて、醤油ラーメンや塩ラーメン、さまざまな種類のラーメンを目にした。
東京では「ラーメン」という言葉の中に、実に多様な世界が広がっていた。
 

やがて環七沿いではラーメン戦争と呼ばれる時代が訪れ、店ごとの個性が競われるようになった。
九州の豚骨はもちろん、家系、二郎系、魚介系、つけ麺と、ラーメンは一つの料理ではなく一つの文化になっていった。

故郷を離れて初めて、自分が見ていた世界の小ささを知る。
しかしそれは決して恥ずかしいことではない。むしろ、自分の「当たり前」が崩れた瞬間、人は新しい価値観を受け入れる器を手に入れる。
人生とは、そんな「豚骨ラーメンって何?」という小さな驚きの積み重ねなのかもしれない。

私は三度、熱中症になった。

一度目は、スポーツで汗を流したあと、風呂から上がった瞬間だった。

二度目は、熱気のこもる寝室で眠っているとき。

そして三度目は、何気ない日常の部屋の中だった。

「熱中症は外でなるものだ」と、多くの人は思う。

しかし私の身体は、その思い込みを三度も静かに裏切った。

 

私は他人より汗っかきで若い頃から人一倍、水を飲む。

友人には「そんなに飲むのか」と驚かれ、「飲みすぎだろ」と笑われた。

それでも喉は渇き、身体は自然と水を求めた。だから私は水分補給には自信があった。

だが三度の熱中症は、その自信を崩した。

 

水は飲んでいた。十分すぎるほど飲んでいた。それでも倒れた。

そこで私は考えた。人は「足りないもの」ばかりを見るが、「失われたもの」には鈍感なのではないか、と。

汗とは、水だけではない。身体は塩もまた、静かに外へ流している。

水だけを戻しても、失われた均衡は戻らない。

私自身の経験からすれば、熱中症対策は水分だけでは完結しない。

むしろ塩分との調和こそが大切なのではないかと思う。

もちろん、これは医学的な結論ではない。

あくまで三度熱中症を経験した一人の人間としての実感である。

 

人生には、水だけでは満たされないものがある。努力だけでは足りず、優しさだけでも足りない。

何か一つを極めても、見えないもう一つが欠ければ人は容易に均衡を失う。

熱中症は私に身体の仕組みだけではなく、生きることの本質まで教えてくれた。

大切なのは、「何を足すか」ではない。何が失われているのかに気づくこと。

その気づきこそが、人を守る最初の一滴なのだ。

東京で資さんうどんが話題になっていると聞く。

行列ができ、「北九州の味」が全国へ広がることを喜ぶ人も多い。

私も嬉しい。うどんが好きだからだ。

福岡で育った私は、ラーメン県と思われがちな土地で、実はラーメンよりもうどんを食べてきた。

友人と会えば晩ご飯はうどん。飲んだ帰りも、締めはうどん。

うどんは特別な料理ではなく、一日の終わりを受け止める日常だった。

 

資さんうどんもおいしい。丸亀製麺もおいしい。

それぞれに完成された世界があり、優劣を語るものではない。食とは競争ではなく、多様性だからだ。

だが先日帰省し、人力屋で一杯のうどんをすすったとき、不思議な感覚に包まれた。

「ああ、これだ。」

麺はやわらかく、少し頼りないほどに伸びやかで、透き通っただしには、甘く煮た牛肉が静かに溶け込んでいる。

その瞬間、私は「九州うどん」と再会したのである。

九州のうどんは、讃岐のように腰の強さを誇示しない。むしろ力を抜いている。

噛み締めるのではなく、受け入れる麺だ。

競うためではなく、寄り添うための麺なのである。

 

人は「本物の味」を舌で覚えていると思いがちだ。

しかし実際には、舌ではなく時間が覚えている。

家族との食卓、友人との何気ない会話、冬の帰り道、湯気の向こうに見えた笑顔。

そのすべてが一杯のうどんに染み込んでいる。

だから東京で資さんうどんが人気になることは、とても喜ばしい。

それでも、私の心の奥には「九州うどんは、もう少し違うんだ」という小さな声が残る。

その違和感は不満ではない。郷愁である。

故郷とは、帰る場所ではなく、味として心の中に住み続けるものなのだ。

うどんとは、小麦と出汁でできた料理ではない。

人生の記憶を、静かに温め続ける器なのである。