5月5日(土)

『金波銀波』

 折に触れて「復帰っ子」を取材してきた。今年で46歳。年を追うごとに、沖縄社会でその存在感は増している◆「復帰っ子」とは、戦後、米軍統治下にあった沖縄が日本に復帰した1972年に生まれた人たちのことだ。異民族支配に苦しんだ先人とは異なり、生まれながらに日本人としての権利を享受した◆父母や祖父母から沖縄戦の悲惨な体験を継承し、平和への強い思いを抱くが、米軍や自衛隊に対して過度にナーバスにはならない。日本に生れた誇り、沖縄人であることの喜びをごく自然に表現できる。基本的に未来志向の人たちが多い◆沖縄の一部には、基地反対派を中心に「沖縄は差別されている」「琉球は独立すべきだ」などという主張がある。しかし復帰っ子たちの表現は屈託ない。彼ら、彼女らが政治や経済などの分野でトップに立つころには、そうした主張は沖縄社会からほぼ完全に消滅しているだろう◆「たいまつは新しい世代に受け継がれた」。1961年、43歳のケネディ米大統領は、就任演説で高らかにそう宣言した。沖縄の世代交代は、まだそこまでは進んでいないが、時代は確実に動きつつある。そう言えば先日、本紙インタビューに答えた高須克弥氏も「沖縄の若者に期待する」とメッセージを贈っていた。

 

 

5月13日(日)

『金波銀波』

 「八重山日報さんは取材できません」—。先日沖縄本島で開かれた護憲集会で、会場に入ろうとした本紙記者が受付で止められた。沖縄メディアでは本紙だけが取材を拒否されたようだ◆別の取材現場では、相手からいきなり「あなたの社は政府寄りか」と言われたこともある。他の沖縄メディアはそろって反政府色が色濃い。本紙は公正中立を意識した報道を心がけているというだけで、色めがねで見られてしまう。最近も基地問題で各方面を取材したが「オール沖縄」勢力の政治家だけは誰も取材に応じてくれなかった◆気に入らないメディアの取材を拒否する気持ちは理解できる。好意で取材を受けたのに、いざ記事を読むと自分の発言をズタズタに切り取られ、全く違う趣旨の話になっていたという経験は、自分自身にもある◆だが、それは記者の悪意というより能力不足だ。そのような記事を書くことは恥だと常々、自分に言い聞かせているだけに、取材拒否を受けるたび、あらぬ疑いをかけられているようで残念に思う◆「取材を拒否する自由」は確かにあるが、不本意な記事を載せられたとしても、逆に、その社の記者が無能であることをアピールする材料になる。そこまでの戦略眼があればいいのに—と相手のために惜しむ気持ちも湧く。

 

 

5月15日(火)

『視点』

 きょう5月15日は46回目の復帰記念日である。現在の私たちは空気を吸うような感覚で、日本人としての権利を享受し、国と郷土の歴史や文化に誇りを抱いているが、米軍に誇りを抱いているが、米軍統治下の戦後27年間、それが許されない時代が存在した。苦難の道を切り開いた先人に感謝する日でありたい。

 復帰後の沖縄の経済発展はめざましかった、沖縄本島だけでなく、離島である宮古、八重山に至るまで膨大な国費と県費が投じられ、道路や施設などのインフラ整備が進んだ。道路、港湾、空港、上下水道などの基盤整備は大幅に進展し、さらに学校校舎から住宅、医療、福祉施設なども財政投資によって質、量ともに改善された。

 近年は一部の離島を除き、高速インターネットを可能にする光ファイバーが張り巡らされた。戦後日本が経済大国化したこともあるが、政府による手厚い沖縄振興策が進んだことは評価できる。各種世論調査でも「復帰して良かった」という思いが県民の大多数を占めている。

 一方で沖縄は宿屙(しゅくあ)とも言うべき米軍基地問題を抱える。県民の負担軽減は、できるところから手をつけなくてはならない。

 まずは宜野湾市の中央部にどっかりと居座る巨大な米軍普天間飛行場を撤去し、新たなステージに立ってさらなる基地の整理縮小を模索すべきだ。現実論を無視した「オールオアナッシング」では物事は前に進まない。名護市辺野古への移設作業を着実に進め、一日も早い普天間飛行場の撤去を実現してほしい。

 米軍基地問題は、自国の防衛の大部分を他国に依存しているという国のあり方に本質がある。本土が沖縄を見下し、基地負担を押し付けているという「構造的差別論」だけでは抜本的な解決にはならない。本土も変わる必要があるが、沖縄も変わらなくてはならない。

 沖縄は現在、観光産業を中心に空前の好況だと言われる。事実、沖縄本島も離島も大勢の観光客でにぎわっている。中華圏からの観光客が目立つが、海外からの観光客は、国の事情で突如として途絶える例もあり、全面的な依存は危険だ。観光業界の現在の活況が、果たして持続可能な経済発展につながっているのか、改めて点検する必要もあろう。

 所得が全国最低水準にとどまっていることも大きな課題だ。自立した沖縄を目指す上で、沖縄の将来のカギを握るのは人材であり、教育水準の向上である。

 全国学力テストで、沖縄の成績は常に下位にある。このような現状に甘んじていいのか。深刻な課題の一つである人手不足も、首都圏などへの人材の流出が一因となっている。逆に、全国から優秀な人材を引き付ける沖縄でなくてはならない。復帰50年の節目に向け、教育のあり方を見直す必要もあろう。