一塁手 国内新人選手Sランク一塁手リスト
出身地 北海道・東北
成長タイプ 普通 普通
初期値評価

巧打と長打の能力は新人ながら高い。守備適正も一塁ならば問題なくこなせて行けそうだ。機動力に関してはあまり期待できる感はないが、弱小チームであればスタメンでも行けそうだがある程度の育成機関が必要だと思われる。
全盛期評価

打撃能力に関してはやはり文句のないものにまで成長する。しかしながら走力は低くてせっかく盗塁がAにまで成長するのにもったいない。それ以上に厄介なのが守備力。
一塁の守備適正がAに行くのは良いのだが捕球力と守備力、肩に至るまでCなのはエラーのできない一塁手には勘弁していただきたい。
成長遍歴【初期値→戦力定着時→全盛期→衰えピーク】

ゲーム中の成績【キャリアハイなど】

私的評価【野手】
打撃 B スラッガーとしては優秀な成績を残せる
守備 D 肩も捕球も守備も悪い。DH専門が望ましい
走塁 D 盗塁技術はあるが走力がないので厳しい
コスパ C 打撃専なのでそこまで上がらない。
即戦力 B スタメン起用をすれば二年目からレギュラーに
活躍期間 B 大卒だが完成が早く衰えは人並み
総合評価 C-
育成機関は平均程度という選手評価とは裏腹に試合に出せる程度の実力になるのはかなり早い。
打撃に関してはチャンスの高さと平均的に高い巧打と長打のおかげで.300 30本 100打点は平気でクリアできるので優秀と言える。
しかし機動力と守備力に関しては
選手ランクに反してお粗末と言わざるを得ない。
サブポジで三塁も守れるが肩も捕球もCなら
わざわざレギュラーにする必要はない。
パリーグであればDHがあるが正直このレベルであれば
DHはもったいないので中途半端。
ある程度チーム全体の守備力を犠牲にすることを覚悟しよう。
この選手について
駒澤大学からドラフト三位で1975年に巨人に入団。
同期の一位は高卒の篠塚和典だったために
ショックを受けたらしいが、長嶋茂雄などの説得に応じ
すでに決まっていた銀行への内定を断り入団した。
この時ドラフト外で同大学の同期、平田薫と二宮至も入団。
これには中畑自身から
「平田と二宮も一緒なら入団する」と発言したのと
巨人自体もそれを了承した為であるらしい。
入団して3年は出番がなかったが1978年オフの日米野球で活躍したことと、それに対して相手側のMLB、レッズの監督からの推薦もあり翌年からレギュラーとして定着。
3割に近い成績と2桁本塁打を記録するが終盤で骨折をしてしまい新人王は取れなかった。
それ以降もそこそこに優秀な成績を残していき
主要打撃タイトルには恵まれなかったが、7年連続GG賞を受賞するなど守備の名手として、それでありながら安定した打撃成績を残せる選手として活躍した。
しかし1989年に長期的な戦線離脱と
一塁に駒田徳広が定着したこともあり引退を表明した。
個人的なキャリアハイだと思う成績
1984年
.294 31HR 83打点 OPS.913 出塁率.365 長打率.548
通算
.290 171HR 621打点 OPS .808
現役引退後に巨人の打撃コーチに1993年に就任したが
チーム打率が最下位になるなどあまり評判は良くなかった。
2004年のアテネオリンピックにもコーチを務めるなどしていたが
長嶋茂雄が病床に伏してから監督に正式に就任。
準決勝でオーストラリアに敗戦し銅メダルを獲得した。
しかしオーストラリアのことをなめてかかっていたのだろうか、
同国を「やりやすい相手」と判断したり
対戦相手の視察に行かずに観光をしていたりと
気持ちはわかるが国の代表チームの監督としてはアレなところがあったりした。
ここ最近では2011年に横浜ベイスターズの監督に就任。
当時のベイスターズは暗黒通り抜けて
光の届かないような宇宙の深淵のようなチーム状況であり
毎年最下位、若手は育たず
村田と内川の成績が数少ない希望であった。
やきゅつく2003とは違い、どれだけの速さで最下位が決定するかをみんなが楽しんでいたような時期があったが
DeNAが球団を買収された時と同時に監督に就任したということはチームの雰囲気を変えてほしいという会社側の意向などもあったのだろう。
就任一年目はやはり最下位に終わるが
就任二年目は6年ぶりに最下位を脱出させる偉業を果たす。
(いや、マジで弱かったんですよ)
結局2012~2015年の4年間でAクラスになったことはなかった。
しかし現在CS争いをするようなチームになった横浜をけん引する選手を育成したのは中畑が監督になってからでありそのころの地盤を今のラミレス監督が引き継いでいると思えば
育成メインの監督としては優秀な部類に入るといっても問題ないと思われる。
その他にも「絶好調男」と呼ばれるようになったのは
当時の土井コーチから「調子はと聞かれたら絶好調と答えろ」
と言われたことから連発するようになったエピソードや
実は1980年代で最も優秀な守備力を誇った一塁手であったりと
なにかとエピソードが尽きない選手であり面白い野球人である。
まだまだ60代らしいのでTVなどでも精力的に活躍してほしいものである。
それではいったんここで
