赤ちゃんと一緒の入院生活は、想像以上に過酷なものでした。
授乳とオムツ交換の絶え間ない繰り返しです。
点滴や背中に入った麻酔のチューブなどがあり、帝王切開の痛みもあるため自分の身体が思うように動かせません。
私の場合、手術後、急に身体を起こすと血圧が下がり倒れそうになるため、はじめは病室の入口にあるトイレにすら歩くことができませんでした。
赤ちゃんのお世話をする時には、まず電動ベッドをリモコンで少しずつ起こし、自分のベッドの隣に置かれた小さなベッドから赤ちゃんを抱き上げて授乳したり、オムツを交換したりします。
終わるとまた赤ちゃんをそっと寝かせて、自分のベッドもゆっくりと倒して横になりなります。
けれど、息子は赤ちゃんのベッドに寝かせるとすぐに泣きだし、私は文字通り休む暇がありませんでした。
特に夜間は私の腕のなかでしか眠らず、ほとんどベッドに置くことができませんでした。
身体が辛くて休みたい時など、お願いすればナースステーションで赤ちゃんを預かってもらうこともできましたが、必要な処置などでやむを得ない場合を除いて、自分から赤ちゃんを預けることは結局一度もしませんでした。
入院中は無理せず自分の身体を少しでも休めた方がいいという考え方もあります。けれど私は、退院後に自分一人で赤ちゃんをみなければならなくなった時に困ることが不安で、なるべく入院中から赤ちゃんと一緒に過ごそうと、そこでも無理をしてしまいました。
授乳ひとつとっても、赤ちゃんは初めからおっぱいを上手に飲める訳ではなく、試行錯誤して乳首を吸わせるうちに徐々におっぱいも分泌されてくるそうです。
子どもを産んだら急に母親になれる訳ではなく、赤ちゃんとの生活のなかで、少しずつ母親として成長していくんだということが、その時はまだ分からず、毎日とにかく目の前のことで精一杯でした。
そんな入院生活のなか、手術後の身体や赤ちゃんのお世話で眠れない辛さのほかに、私の心にはずっと重くのしかかっているしこりがありました。
出産の経過について、緊急で帝王切開になり、赤ちゃんに苦しい思いをさせてしまったのは、自分のせいなのではないかと感じていたのです。
自宅で陣痛に耐えていた時から、呼吸がうまくできなかったので、赤ちゃんに酸素が届かずに苦しくなったのかもしれない...
パニックになっていた手術前後のことをはっきり覚えていない私は、担当医からの説明を待っていましたが、自分を責める気持ちもあり、自分からは恐くて質問することができずにいました。
それに加え、私は入院後すぐに手術になってしまったことや、隣の病棟から移動してきたこともあり、病棟のお部屋の説明などを一切受けないまま、赤ちゃんとの生活が始まってしまいました。
オムツを捨てる専用のゴミ箱があったり、赤ちゃんの授乳やオムツ交換について記録する用紙があったり、赤ちゃんに着いているセンサーのようなものや赤ちゃんのベッドに置いてある様々な用品や薬など...
分からないことばかりで、ゴミの捨て方を間違えたり、記録をつけていなくて指摘されたりするたびに、幸せがあふれる病棟のなかで、自分だけが取り残されたような気持ちになっていきました。
今考えればすべてが些細なことで、分からないことはいい歳して自分で質問すればよい話なのですが、初めから引け目のようなものを感じていた私は、一人でもんもんとしたまま助産師さんにも聞かれたことに答えるくらいの会話しかできずにいたと思います。
手術の経緯についても後に調べると、出産時に赤ちゃんの心拍が低下することは決して珍しいことではなく、理由が分からないことも多いそうなので、病院のスタッフにとって私の経過はありふれたエピソードだったのだと思います。
手術後の経過は母子ともに幸い順調だったので、手術についても単に過ぎたことだったのかもしれません。
けれど私にとっては、なぜ妊娠中は何の問題もなかったのに手術になってしまったのか、理由があるのかないのか、手術の経過はどうだったのか。すべてが疑問のままでした。
妊娠中は、どんな出産になるか不安もあるけれど、陣痛中に役立つグッズを準備したり、助産師さんらに励まされ、痛みを乗り越えて感動の出産をむかえたりと、楽しみに思い描いていたイメージもあったのです。
それが叶えられないまま、あまりにも違った形でスタートした赤ちゃんとの生活に、現実を受け止められずにいたのだと思います。
それに加え、産後はホルモンバランスのせいで、ただでさえ情緒は不安定になります。
私は自分で自分を辛い状況に追い込み、勝手にがんじがらめになっていたのだと思います。
毎日、一人になると陣痛で辛かったことや不安だったことを思い出し、涙がこぼれました。
結局、退院前に手術時の様子などは担当医から説明がありましたが、赤ちゃんの心拍がさがった理由は今のところ分からず、病理検査の結果を待つとのことでした。理由が分からないことも多いとの説明もありました。
一人で抱えた辛さは退院後も引きずり、赤ちゃんとの生活や時間の経過ととともに、少しずつ癒やされていくのを待つ他に解決方法はみつかりませんでした。
退院後の1ヶ月健診でも、手術時の病理検査の結果などが説明されましたが、赤ちゃんの心拍が下がった理由は特定されず、原因は分からないとのことでした。
今は自分でもいろいろと調べた結果、出産に関することは説明がつかないことも多く、陣痛がこないと分からないことも多いので、とにかく無事に産まれてくれて本当によかったとようやく受け入れることができるようになりました。
けれど、私にとってこの出産経験は、描いていた理想とは違って、最近まで辛い思いの方がまさっていました。
結果的に母子ともに無事に産まれたんだから、それで充分というのはもちろん正論で、それが何よりだということは自分でも理解しています。
けれど、感動的な通常分娩の体験を聞くたびに、自分の出産の不安や辛さや自力で産めなかった情けない思いやらが混ざって、今でもとにかくうらやましいなぁ、という気持ちになるのです。
医療関係の仕事をしてきた自分にとっては、患者さんに寄り添うことの難しさを身をもって考えさせられる経験にもなりました。
出産経験で様々な思いを抱える方や、これから出産をむかえる方、医療関係のお仕事の方、それぞれの立場の方が私の経験に、そんな人もいるんだな、と何かを感じてもらえたら嬉しく思います。
妊娠や出産に関する悩みや辛さは本当に一人一人個別のもので、身近なひとにはかえって打ち明けられないことも多く、一人で抱えている女性も多いように思います。
そんな女性の気持ちが少しでも軽くなるよう、祈るばかりです。
(これで私の出産体験の記事はひとまず終わりです。続けて読んで下さった方、最後までつたない文章におつきあいくださり、ありがとうございました。今後も、日常生活を記事にしたブログの合間で、退院後のエピソードなど、思い出したことをたまに記事にしていこうと思います。)