3月23日、学位授与。
今年のほうが写真を一緒にとりたい人が多いから、と思って、袴を穿きました。
家に帰って見たら、50枚。少ない…
同期のみんな、卒業おめでとう。
お昼のパーティーで、大学で出会ったたくさんの友人ともう一度会って話ができて、うれしかった。
と同時に、さびしかった。
みんなもうこの町からいなくなっちゃう。
新しい人間関係の網を作っちゃう。
自分が生きていくのは、みんなの現在ではなく思い出の中なんだ。
そして自分は、みんなが「思い出」に位置づけた時間を、現在として生きていくんだ。
昨年末、「ひとり」について感じていたキツさに、また出会った。
部活からも、総務からも、追い出されて
しかし新しいステージに送り出されるわけでもなく、
自分の意思と家族の理解で延長したモラトリアムの余白に浮かんでいる。
もっと早く出会いたかった人がいる。
今年の1月、初めて開かれた「体育会四年生女子会」。
やっぱり、うちの部はどことも似ていない。
「そんなことでもめてるの!?」「そんなとこがうまく行ってないの!?」とびっくりすることの連続。
そしてもんんんのすごく悔しかった。総務委員として、幹事長として、自分はもっと体育会を強くできたな、伸びしろこんなにあったのに、絶対力になれたのに。
どこの部も、もっともっと強くなれる。望めば。あと一年で機会があったら、後輩たちに全力で伝えよう。全部やりきってみて、初めてわかったこと。全部知ってるから俯瞰できること。その時期の意味。
もっと頼りたかった人がいる。
新体制ミーテのころ、体育座りで泣いているときに頭に浮かんだ人。そして私を立ち上がらせてくれた人。
幹事長になりたてのころ、心細くて泣いたときに胸貸しに来てくれた人。
ショックなことがあってどん底のとき、待ってるからとにかく来なさいと言ってくれた人。
私のだめなところ、ずるいところ、全部受け止めてくれた人。
いつもいつも優しくしてくれた人。
尽くしてくれた人。
もう思い立ったときにすぐ会ったり、長電話したり、泣きながら明け方まで飲んだりなんてできなくなっちゃう。でも、みーんな、人の気持ちを推し量って、寄り添ってくれる、素敵な人たち。きっとこれからも、それぞれのフィールドで、誰かの力になってあげるんだろう。私が受けとったたくさんのあったかいものが、日本中の人にもあげられると思えば、いいか。
なくしたくない縁が、いくつもある。同じ時に、同じ場所にいたことを、幸運だと思える縁がいくつもある。
素敵な人がたくさん。
門出も、船出も、大変なときだけど、みんなはきっと神様に相当期待されてんだねぇ。
社会に出て直面する大変なことは、きっと学生時代の比じゃないんだろう。学生時代のままの自分じゃ、とうてい太刀打ちできないことばかりなんだろう。
だけど大変なことがあったとき、打開するヒントは、元気出てくる源は、きっと学生時代の中にあるよ。
最後の子供時代であり且つ最初の大人時代、そんな時期に、まっすぐに何かをやり遂げたことは、きっといつまでも大事な宝物であり続けるよ。
みんなが宝物をいつまでも大事にしてくれる大人になってくれますように。
卒業おめでとう。
がんばってね。
またね。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
あと一回書いたら、やめようと思っていました。
私には、記録に残したい挑戦がもうありません。
嬉しかったことや、悔しかったことや、成長を実感したこと、泣いたこと、さびしかったこと、将来のこと、
たくさん書いたこの場所は、大切にしまいたい。
これからどんどん薄味になる日常を、この濃い日々と並べるのは、なんか嫌だから。
しかしあと一年間、寂しさや孤独に浸らないでちゃんと毎日生きるために、ほぼ日更新の日記やりたいなと思っているので、もし引っ越し先知りたいという奇特な方いらっしゃればご連絡ください。
次もアメブロにしようか…いまさら違うのは使いこなせないよな…
今年のほうが写真を一緒にとりたい人が多いから、と思って、袴を穿きました。
家に帰って見たら、50枚。少ない…
同期のみんな、卒業おめでとう。
お昼のパーティーで、大学で出会ったたくさんの友人ともう一度会って話ができて、うれしかった。
と同時に、さびしかった。
みんなもうこの町からいなくなっちゃう。
新しい人間関係の網を作っちゃう。
自分が生きていくのは、みんなの現在ではなく思い出の中なんだ。
そして自分は、みんなが「思い出」に位置づけた時間を、現在として生きていくんだ。
昨年末、「ひとり」について感じていたキツさに、また出会った。
部活からも、総務からも、追い出されて
しかし新しいステージに送り出されるわけでもなく、
自分の意思と家族の理解で延長したモラトリアムの余白に浮かんでいる。
もっと早く出会いたかった人がいる。
今年の1月、初めて開かれた「体育会四年生女子会」。
やっぱり、うちの部はどことも似ていない。
「そんなことでもめてるの!?」「そんなとこがうまく行ってないの!?」とびっくりすることの連続。
そしてもんんんのすごく悔しかった。総務委員として、幹事長として、自分はもっと体育会を強くできたな、伸びしろこんなにあったのに、絶対力になれたのに。
どこの部も、もっともっと強くなれる。望めば。あと一年で機会があったら、後輩たちに全力で伝えよう。全部やりきってみて、初めてわかったこと。全部知ってるから俯瞰できること。その時期の意味。
もっと頼りたかった人がいる。
新体制ミーテのころ、体育座りで泣いているときに頭に浮かんだ人。そして私を立ち上がらせてくれた人。
幹事長になりたてのころ、心細くて泣いたときに胸貸しに来てくれた人。
ショックなことがあってどん底のとき、待ってるからとにかく来なさいと言ってくれた人。
私のだめなところ、ずるいところ、全部受け止めてくれた人。
いつもいつも優しくしてくれた人。
尽くしてくれた人。
もう思い立ったときにすぐ会ったり、長電話したり、泣きながら明け方まで飲んだりなんてできなくなっちゃう。でも、みーんな、人の気持ちを推し量って、寄り添ってくれる、素敵な人たち。きっとこれからも、それぞれのフィールドで、誰かの力になってあげるんだろう。私が受けとったたくさんのあったかいものが、日本中の人にもあげられると思えば、いいか。
なくしたくない縁が、いくつもある。同じ時に、同じ場所にいたことを、幸運だと思える縁がいくつもある。
素敵な人がたくさん。
門出も、船出も、大変なときだけど、みんなはきっと神様に相当期待されてんだねぇ。
社会に出て直面する大変なことは、きっと学生時代の比じゃないんだろう。学生時代のままの自分じゃ、とうてい太刀打ちできないことばかりなんだろう。
だけど大変なことがあったとき、打開するヒントは、元気出てくる源は、きっと学生時代の中にあるよ。
最後の子供時代であり且つ最初の大人時代、そんな時期に、まっすぐに何かをやり遂げたことは、きっといつまでも大事な宝物であり続けるよ。
みんなが宝物をいつまでも大事にしてくれる大人になってくれますように。
卒業おめでとう。
がんばってね。
またね。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
あと一回書いたら、やめようと思っていました。
私には、記録に残したい挑戦がもうありません。
嬉しかったことや、悔しかったことや、成長を実感したこと、泣いたこと、さびしかったこと、将来のこと、
たくさん書いたこの場所は、大切にしまいたい。
これからどんどん薄味になる日常を、この濃い日々と並べるのは、なんか嫌だから。
しかしあと一年間、寂しさや孤独に浸らないでちゃんと毎日生きるために、ほぼ日更新の日記やりたいなと思っているので、もし引っ越し先知りたいという奇特な方いらっしゃればご連絡ください。
次もアメブロにしようか…いまさら違うのは使いこなせないよな…