休日も休憩もろくに取らず、文字通り朝から晩まで働いていた。チョコラBBの一番高いやつを日に2、3本飲んでいた。

大袈裟かもしれないが、「寿命を縮めて働いていた」ような気がしている。

強制的な認知行動療法で多少なり良くなったが、結局鬱になりかけたので、プラマイとしてはどうなのかよくわからない。


投薬治療が合わず、力ずくでも症状を好転させたいガッツある者のみこの方法を踏襲してほしい。

ちなみに私は仕事と都会に疲れたので、現在は田舎で労働強度を落として働いている。


あと、強迫性障害の治療を進める上で私が思うことは「完治を目指さない」ということである。

昔は、絶対に治して健常となり、人生を謳歌するんだ!と意気込んでいたが、長引く病気に落ち込むし、そもそも完治は可能なのか?と心細くなってくる。

だが、果たして生きる上で全く不安を感じないということは、可能なのだろうか?それこそ出家して、悟りを開かない限り難しいのではないだろうか。

ならいっそのこと、完治を目指さず症状を限りなく抑える、という目標に変えたほうが正しいのではないかと思った。


強迫性障害以外にも精神の病は様々あるが、症状を抑えつつ一生その病気と付き合って暮らしていく、というものは少なくない。

強迫性障害もそのような捉え方でいいのではないかと私は思っている。

少なくともそう捉えることで、未だ病気を持ち続けている自分を多少肯定できている気がする。


以上が、強迫性障害を抱えながら暮らしてきた私の"生涯"である。

一応、思うところは書ききったつもりだが、またつらつらと日々の嘆きを書くかもしれない。正直毒でしかない文章だが、毒は使いようによっては薬にもなると言う。読む者はうまく使ってほしい。


世の中の強迫持ちの皆々様、まあほどほどに!