2024年9月28日 at 12:36 PM

 教員免許を取得して就職の時に役に立てようかなと思いいくらか数学(算数)を勉強したことがある。しかし数学を勉強して何になると疑問に思っていたが人生60歳を越えても数学が何の役に立ったのかと自問してみれば,就職してしまえば,周りの子や自分の子どもに教えたとき以外は数学を学んでよかったと感じたことはあまりない。
 しかし無理数の意味あるいは考え方をある本で知ったが本当の数学らしさを感じたのは,そのときだけであったような気がする。つまり1の平方根は1.4の平方根は2である。ならば3の平方根はいくつか。普通の計算が得意であってもこの疑問には予備知識がない限り応えるのは難しい。芳澤先生のお書きになった御本にそういう指導例は載っているものと拝察申し上げるが,分数同士の割り算などはどう教えたらいいのか未だに良く分からない。
 また高校数学で何のことか分からなかった数学の,いくつかの概念に「曲率」という概念がある。この概念を平易な日本語で説明できる教師や数学関係者いらっしゃるのであろうか。

 


 日本の教育の問題は学校・学級の規模ではなく,教科領域数が多いことである。現在の小学校では十教科に加えて4,5この領域があるらしい。これでは深く考えることは難しい上に,またその教科を学びたいときに次の教科・領域に移らねばならないから持続的に考えたり,深く考えたりできない。さらに簡単な数字例えば通分で分母が20以上になっていはいけないなどの「ゆとり教育」があった。これでは百分率の理解が難しいだろう。また例えば大学では「バンキョウ」なるものがあって学生の興味を奪っている。
 日本の教育の改革のためには第一に教科領域数を7または8つに絞ることである。ギリシア自由7教科で十分である。学生の動機や能力を考えたとき,最早チャットGPIができた現在,英語などは必修に近い状態から枠を外すべきである。すなわち第二に数学と日本語(日本の国語)を必修として他の教科領域を選択自由にすべきである。われわれはコンビに行って自由な買い物をするのではなく,この2つの教科を得るべくどのお店(学校)に行ってでも習得できる教科とすべきである。なぜならいわゆる文科系の分野は日本語が,理系といわれる分野では数学が知識や技能を獲得する上で必須であろうからである。そして他の教科や領域は選択自由とすれば,「マジスカ」さんのような大学院出は少なくなるであろうからである。
 学校教育は大学教育を含めて学習指導要綱なるものが定められているらしい。この要綱が教育を支配していることを考えたとき,教育の問題は数学の問題だけでなく,特に最近小生が勉強し始めた文化人類学の問題でもあろう。なぜなら教育は伝統や歴史の問題であるからでもある。しかし取り敢えず,日本語と数学を必修として他の教科・領域を選択自由とすることが必要であり,引き籠りや不登校問題を解決する方策であると,小生は考える。