虚偽にあふれた,偽善以前の日本に住んでみたいですか

 

  コロナ禍の中,南東アジアの旅から日本に舞い戻り,しばらく休息しまた旅に出ようと心に決めたばかりだが,都には「虚偽」がはびこり,極東には暗雲が広がり行く手を遮っている。
  2011年のフクシマの原子炉暴発の結果,例えばセシウム134やアメリシウムは天文学的な数量で地球の表面を覆い,東日本を住めない状況に変えた。小生は基礎疾患だらけで核の灰塵を口から直接肺に入れるのが嫌で,日本から脱出した。それから,約10年以上が経つが人々は何もなかった如く生活をしている。一方で突然死や超過死亡が身の回りで報じられている。小生の同級生も先月亡くなった。その2,3カ月前までは元気で拙宅を訪れてくれていた。コロナ・ワクチン禍なのだろうか。それとも放射性物質の影響なのか。それは分からない。彼はフクシマをしばしば訪れていた。
  ところでWHO(国際保健機関)の或る部会は議決に必要な定数が満たされないのにパンディミック合意がなされたと主張している。人々の自由を縛る規則・合意だそうで,それに反対する人々も世界的に広がり,日本ではH議員などの解明派がWCH議連を結成しWHOに強く反対されているやに聞く。

 

  南東アジアに住んでいたとき,ワクチン・パスポ-トなる概念を知って驚いたことがある。ワクチンを打たなければ飛行機に乗れない,船に乗れない,外国や日本に行けない規則であると言われていた。ワクチンは数年あるいは10年以上の治験が必要だと言われているが,日本では僅か数ヶ月で緊急承認された。厚生省の,如何わしいことこの上もなかった。なので打つつもりはなかったが,V国でアパ-トの出入りが禁止され,買い物も不自由となったのでC国製のワクチンを打った。mRNAのないワクチンだと聞いたので疑いながらも打った。それでも確かに副作用があり,力が入らなくなった。また手・足・口病になった。恐らく免疫力が落ちたのであろう。
  F国lやB国のワクチンを打った現地の知り合いの中には副作用(副反応)で苦しみだした人が増えてきている。知り合いの女学生たちなどは4回も打ったそうである。副作用に苦しんでいないことを願っている。
  他方,コロナでアパ-トに閉じ込められた2020年から23年までの間に行動の自由は奪われたが暇だったので文化人類学の初歩の勉強をし始めた。と同時コイケ問題に興味と関心をもち真偽を確かめようとした。コイケが某テレビ局に「チラッと」示したという卒業証書と卒業証明書(の複製)をアラブの大学卒業生に見せたところ,2つの証書の片方にしか「スタンプ印」がないので無効である,つまり「彼女はカイロ大学を卒業していない」と証言した。リビアからの留学生(大学院生)も同じ意見であった。今風に言えば,コイケは虚偽の履歴を選挙管理委員会に提出したとも言えよう。

  小生の生業はアブラ売りであるが推理小説が大好きで,水も漏らさぬ論理と推理が好きで,七色仮面のように「解けない問題をさらりと解いて」見せるのが仕事の一部であったので学歴詐称などどうでもいいことである。しかし,乗り掛かった舟でコイケの学歴詐称問題に関心を示してきた。選管に提出する履歴欄に「カイロ大学卒」と記入するかどうかに興味はあるが,政治家としての都知事がだれであれ,政治に関心はない。なぜなら,故加藤周一[1]が書いたように「一般に政治家に期待できる最高の美徳はおそらく『偽善』だろう,と私は考える。偽善は,少なくとも「善」または大義名分に表向き敬意を示すことを,前提とする。表向きもそのままでは政治が成り立たぬだろうから「偽」善である。表向きにも大義名分を通さぬ場合は,偽善にさえ及ばない。ヒトラ-Hitlerは偽善者ではなかった。
  ひるがえって思うに,今日の日本の政治に偽善をみることは少ない。・・・」からである。すなわち日本は虚偽ばかり。亡き安部も国会で嘘ばかり。自民党はパ-ティ-券裏金作りばかり。或る人の曰く「東京都には工事をやっていないで管理会社(某宗教団体関連)に金を払っている工事箇所が(いくつも)あるらしいから,宗教団体でも偽善さえ行われていない可能性が高い。すなわち偽善以前。

 

[1]加藤 周一 偽善的であることの大切さまたは『ロ-マ帝国衰亡史』の事 (上野毛雑文,加藤周一著作集15,平凡社)

追記:安部のマスク配布は偽善的であったのかどうか。悪いことのようには思えなかった。しかし政府はどこの誰に発注したのだろうか。
追記2:約40年前,理系の或る方が「マスクは効果がない」と言っていた。コロナ禍でそのような声が出て来なかったのはなぜなのか,不思議でならない。小生などはフクシマの事故以来,外出するときはマスクを2枚も3枚もしていた。皆さんから笑われたが,いつでもマスクをしていたのでコロナ前でもV国の人々から陰で笑われていた。
 しかし植草一秀教授も指摘したように虚偽=嘘はよくないだろう。それはカ-ル・クラウスも指摘したように「戦争が嘘の体系」であるからである。春秋以来,多くの人が戦争で亡くなり,負傷し,家族を失い人間関係が破壊されたからでもある。小さなウソの積み重ねが大きな嘘を招く。俗にいわゆるプロパガンダがウクライナ代理戦争でもパレスティナ人虐殺の場合にも現れて問題解決を困難にしている。しかし「嘘の効用」もあるだろうというのが加藤の主張でもある。例えば癌であるかないかを医師が告げるか告げないか。最近では癌は不治の病ではなくなったとしても難病問題は相変わらず「嘘の効用」を否定できないだろう。
追記3:嘘の効用についても加藤の著作集にあったはずですが,今は失念しました。とっさに出てきません。済みません。