どうにもならないモヤモヤとした気持ちにとらわれ、僕はその得体の知れないモヤモヤを何とかしてぶっ飛ばしたい衝動に駆られていた。
当時の僕は、六本木駅から徒歩10分近くの12階建てマンションの8階に住んでおり、そういった気持ちになった時はいつも六本木交差点付近の適当なバーやクラブに駆け込むように入って行き、朝まで飲み明かしていた。しかし、多くの場合それは裏目に出ることの方が多く、翌日になって後悔するのであった。
今回は趣向を変えてみようと色々と考えていたのだが、なかなか良い案が思い浮かばず、とりあえず六本木ヒルズ脇のけやき坂通りを下っていったのであった。クリスマスシーズンということもあり、道脇には煌々ときらめくイルミネーションが坂道を照らしていた。
道には20代から30代のカップルが溢れかえっていたが、40~50代と推定されるいかにも成金といった男性と、ド派手なモデル風の20代女性とのカップルもちらほらと散見された。
僕には当時彼女がいたのだが、その土曜日に限っては彼女が休日出勤しており、僕はいわば手持ち無沙汰の状態になっていた。
カップルを脇目に見ながらしばらくけやき坂通りのイルミネーションを見ていた僕であったが、その時の僕のモヤモヤはますます悪化していくばかりであった。
けやき坂を下りるとTSUTAYA六本木店が見えた。
「そうだ、ここで小洒落た雑貨や本を見て、少し贅沢なものを購入すれば少しは気持ちも収まるかも知れない。」
店に入った。
店には色々なジャンルの、普通の書店では置いていないような本があるのだが、僕が特に好きなのは旅行雑誌や写真集のエリアであった。僕はそこでアマゾン川に関しての写真集とニューヨークのブルックリンに関する旅行案内誌を手に取り、店内に備え付けの椅子に座ってパラパラとめくり始めた。
5分としないうちにじっと読んでいられなくなった僕は、それらの本を椅子に置き去りにし、雑貨のエリアに向かった。
雑貨が置かれている棚の中で僕の目を奪ったのは少し形の変わった地球儀であった。どぎつくギラギラと光沢を放ち、少し楕円がかったその黄土色の地球儀はなぜか僕の心を落ち着けた。
「そうだ、この地球儀に落書きしてやろう。そうしてそのまま知らんぷりして隣のスタバでコーヒーを買って帰ろう。」
とても危なっかしく、スリルに満ちたこの子供じみたアイデアにすっかり取り憑かれ興奮した僕は、ポケットの中にあったマジックペンを取り出した。周りには右側に1人、背が170cm程度で、黒縁メガネをかけ、髪をツーブロックに分け、高そうなスーツを着た男性が一人いたのだが、彼は書棚の先にある「20代のうちにやっておくべき55のこと」というタイトルの本を夢中になって読んでいた。彼は僕がここに来る前からずっと椅子に座って集中して読んでいるのできっと気付かないに違いない。
そして、僕はその危険なアイデアを実行しようと決意した。緊張で脇汗をびっしょりと書き、手はぬめぬめしてマジックペンの蓋をなかなか開けられない。
「早く蓋を開けないと、怪しまれる・・!」
そう思った僕は力いっぱいに、蓋を開けようとした。蓋が開いた!
「ちょっと、そこどいていただけますか?この地球儀、ずっと欲しかったのよね~」
後ろから現れた女性に声をかけられた。正直なところ、これには超びびった。股間がシュッとした。
「ごめんなさいね、これ前から予約してたのよ。彼氏へのクリスマスプレゼントにと思って。」
「いえ、僕はちょっと見ていただけですから、お構いなく!」
興奮でおかしくなっていた僕はTSUTAYAを一目散に走り出て、けやき坂を全速力で駆け上った。
坂道を走りぬけ、息の上がった僕は坂下に見えるTSUTAYAをぼーっとしながら見据えていた。すると、不思議とだんだんにやけてきた。
「何という中二病!ふふ。」
仕事が終わった彼女からのLINEを受け、料理でも作って待っていようと思った僕は、スーパーで買い物をしてから帰途に着いた。
梶井基次郎「檸檬」のオマージュ