吉祥寺散策/新約聖書

 

・吉祥寺

友人と私の妹と私で、吉祥寺~三鷹を散策した。

連休まっさなかで、どことなく非日常に浮かれたような空気が漂う。

私たちはとにかく好きなことをおしゃべりしながら歩き回った。

私は大きな麦わら帽子をかぶっていった(母に借りた)が、

普段私はこんな帽子なんてかぶらないからとても新鮮だった。

こうやって普段とは違うものを身につけるだけで新しい自分が発見できるようだ。

吉祥寺から三鷹へと歩く。

途中、三鷹で喫茶店に入り休みつつおしゃべり。

妹の話し方を隣で聞いていて、ああ私と似てるなと思った。

顔とか外見は全然似ていないけれど、こういった、話し方とか相槌の打ち方とか笑い方、もしかしたら表情なんかも似ているのかも。

私と妹で似てるなと思ったのは、発声のしかた(お腹から声を出せない)、complete sentenceではなく、途中で流れていってしまうような文で話す(~なんだけど~…)、文の最後で言いきらず曖昧さを残す(って感じで~、かもしれないね、とか)。

こういう話し方って日本語でしゃべるうえではそこまで不自由は感じないけど、

英語みたいなシステマチックな言語を話す時には大きな障害になる。

日本語を話すとき、英語を話すとき、でモードを切り替えられればいいのかな。

にしても、私は普段は英語を母国語としている人たちがうらやましくてしかたないと思っていた(彼らは英語がコミュニケーションをとるうえで壁になる、という経験なんてしたことないだろう)けど、日本語を母国語とする私は逆に大した苦労をせずともsoftな日本語による世界観を味わい、その世界で創作をすることもできるのだ。

言語の柔らかさって、気候にも関係しているのだろうか。

私のイメージでは、気候が暖かいほど言語は柔らかく、気候が寒いほど言語は硬い、だけど実際どうなんだろう。

 

その後、禅林寺というお寺の墓地で、太宰治のお墓と森林太郎のお墓を見る。

こんなに近いところに向かい合って立っているのには驚いた。

太宰のお墓の前にはお花とかお菓子、タバコ、本なんかが積んであって、

ああこの人はまだ生きている、彼の思想はまだこの世に生き残っていて、

多くの人に救いの手をのべているんだなあと思った。

 

夜は吉祥寺に戻り、タイ料理を食べる。

言語と芸術の話になった。

音楽は、作家の生まれた土地の風土のほかに言語も影響している、というのは前から思っていたことだけど、

では絵画ではどうだろう?

風土は間違いなく影響していると思うけど、言語って影響しているのかな。

よく中高生のころに、外国語を学ぶのはなぜ重要なのでしょうか、それは他国の言語を学ぶことによってその国の文化も理解することにつながるからです、みたいなこと言われたけど、

そういうことなんだろうな。

言語って、言葉それ単体で存在することはなくて、必ずその土地の風土や文学、音楽、舞踊…といった芸術と結びついている。

言語を学ぶ、というのはその背景にある様々な文化、芸術を理解するための一つの入り口になるんだな、と思う。

私が今勉強したいとおもっているのはフランス語。

ビゼーのカルメンが大好きで、もっと味わいたいから。

 

あと、私は自分が長く話している、というのは申し訳ないとなぜか思い、

話しを必要以上に端折ってしまう癖がある。

結果、わかりづらくなっているのではないか。

私の友人はすごく話がわかりやすいと思うのだけど、本人に聞いたら自分は話が長いのではないかと気にしているらしい。

わかりやすさ、話の簡潔さ、このあたり、うまくバランスが取れるようになりたい。

また、TPOに応じて使い分けられるようになりたい。

私は話しながら、自分の話に相手が退屈しているのではないかなどと考えてしまう。

ある程度、鈍感になった方がいいのかもしれない。

 

・新約聖書

イエス様が様々な奇蹟を行い多くの人を癒した、とあるが、

これは癒された人々が神様、イエス様への絶対的な信頼があってこそ実現したことである、と書いてある。

癒された人々にとっては、自分の中の問題(目が見えない、とか出血が止まらない、とか)で精一杯で神様を疑うなんて余裕はなかっただろうな。

神様に助けを求めるってどういうことなのか、少しわかったような気がする。